Biotope Journal Weekly vol.10「空間と人」中央アジア編特別レポート(2012.12.16)
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Biotope Journal Weekly
vol.10(2012.12.16)

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こんばんは、退屈ロケットのスガタカシです。
日本では選挙結果が続々と出てきているようですが、ぼくたちは事実上参政権を剥奪されている海外住所不定の身分。日本の様子をインターネット越しに眺めては、ただ時間だけが過ぎ、お腹が減ってゆくのを感じます。

先週のソフィアから、今週、ぼくたちはセルビアの首都、ベオグラードにやって来ました。…が
、Web更新に日々を捧げるあまり、今週はほとんど引きこもり。このメールマガジンを配信次第ただちに、街へ繰り出したいと思っています。

さて、ビザの失効期限をつきつけられながら、慌ただしく移動した中央アジア。そのぶん今週の「空間と人」の記事では、今までになくぼくたち自身の「移動」にフォーカス。メールマガジンと合わせて今週も、どうぞお楽しみください!

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■ Biotope Journal リポート #010|空間と人 - 中央アジア
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◇ EAT in Central Asia - 中央アジアで食べる 文・金沢寿太郎
http://www.biotopejournal.com/space/20121210/000075

▼豪快料理・大盤鶏
「大盤鶏(ダーバンジー)」という料理がある。これはイスラム圏のものというより、ウイグル料理。新疆ウイグル自治区のウルムチやカシュガルでは名物となっている。鶏一羽をぶつ切りにし、ジャガイモや野菜とともに辛く煮込んで大皿にドン! という豪快きわまりない料理だ。最大サイズの皿のものは、5〜6人のハラペコ旅行者をも軽く満足させる。通常はシメに麺やごはんを投入する、というのも魅力的だ。

▼肉の食べかた
イスラム教において豚肉は禁忌だが、他の肉も自由に食べてよいというわけではない。イスラムの教えにしたがってしかるべき手順で屠殺されたものでないと、食べることができない。そのためか、カシュガルなどの裏通りに入ると、そこらじゅうで羊を「シメて」いる様子が見られた。工場出荷のものでなく、自ら教えにしたがってシメるのがベターなのだろう。羊の頭部が業火にあぶられている様子は、なかなかの眺めだ。

▼ムスリムのスーパーマーケット
ムスリム経営のスーパーマーケットにアルコールは置かれていないが、最近日本でも流行の「ノンアルコールビール」は売られていた。これはビールの味を知っている人が気分だけを味わうためのもののはずだが、はたして。なお、禁止されたもの以外の品揃えはなかなかのもの。輸入製品は、トルコ産のものが目立った。トルコは、イスラム国の中でももっとも先進的な国のひとつだ。

▼ペットボトル入りビール
ペットボトルに詰められたビールは、旧ソ連圏の国々に多く見られる。缶や瓶に比べても、味や炭酸の具合にさほどの影響は感じられなかった。日本でも特に規制されているわけではないが、現在のところ発売されていない。ちなみに、約8年前にアサヒビールが発売を検討し、中止したことがある。背後には環境保護団体からの抗議などがあった。http://www.asahibeer.co.jp/news/2004/0708.html
http://www.asahibeer.co.jp/news/2004/0930.html

▼中央アジアのナンの特徴
中央アジアのナンは円形で、厚めに焼き上げているためほとんどパンに近い食感だ。表面は固く、中はもちもちしている場合が多い。円形の中心部には模様がついているが、これは地域によって異なるという。タシケントより西に行けなかったため、きちんと比較できなかったのが残念。

△スガより
中央アジアの食、鉄板のラグメンの他にも野趣溢れる味で、個人的には好みのものもたくさんありました。とくに、羊肉のチャーハンのプロフ、それから羊肉の餃子。/大盤鶏(ダーバンジー)も具だくさんのスパイシーなカレーといった趣で、耐え切れず白飯といっしょに食べたことを思い出します。ただ白飯は中国にありがちな残念な炊き具合で、これなら麺のほうがいいや、という話になったのですけれども。

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◇ STREET in Central Asia - 中央アジアの街なみ 文・スガタカシ
http://www.biotopejournal.com/space/20121211/000077

▼ ウルムチの街での少数民族
新疆ウイグル自治区の省都であるウルムチでは、中国政府によって少数民族のくらしが目立たないよう、カモフラージュされています。そのため旅行者には、他の地域の大都市との違いがそれほど見えませんが、でも人口の3割は漢民族以外の人々。日常的に使用しているモスクなんかもちゃんとあります。

▼カシュガルの建設ラッシュ
数年前からカシュガルでは、漢民族の流入が増加。ほかの都市同様、マンションの建設ラッシュがおきているそうです。でもそのため不動産価格が高騰、ウイグル族は新居を持ちづらくなっているとか。中国政府のプロパガンダの影響か、「カシュガルは辺境だから行って助けてあげないと」と若者がボランティアにかけつけるという話を耳にしました。若者たちは住宅を作っているということだったので、もしかするとウイグル族が住んでいた土作りの旧市街の住宅をとりこわしたあと、彼らが建てた住宅に引っ越させるのかもしれません。

▼ウズベキスタンのネット環境
ウズベキスタンのインターネットは、まだ従量制による課金が基本のよう。僕たちが宿泊した宿では一日あたりの通信上限が設定されているらしく、宿の主人からは「Don't download」の通達がくだり、Wifiパスワードすら「donotdownload」でした。もちろん、正確な意味で「ダウンロードなしのインターネット」などというものは不可能で、その宿の回線が使えるのは結局、朝の間だけ。このためノマドWifi乞食となった退屈ロケットのふたりは、ホテルウズベキスタンの快適なインターネットに涙を流したのでありました。

△寿太郎より
ボランティアに駆けつける漢民族の若者たちには、同化政策の一端を担ってしまっているという意識はないんですよね。純粋に善意でやっていたりするあたりが複雑なところ。中国政府にとってもカシュガルは国境近くの街だから、中国式近代化をさせることは重要なのかも。/ウズベキスタンはそうえば、ネットともにお金がやっかいでしたね。1ドル2500ソムとかなんだけど、最高紙幣が1000ソムだから、常に札束を持ち歩かなければいけない。100ドルなら250枚。お金持ち気分。

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◇ TRANSPORT in Central Asia - 中央アジアで移動 文・金沢寿太郎
http://www.biotopejournal.com/space/20121212/000078

▼タシケント地下鉄の注意点
タシケントの地下鉄は3線あり、市内移動には便利だ。世界の多くの地下鉄と同じく、プラスチック製の「トークン」と呼ばれるコイン型のチケットを購入して乗る。乗り継ぎの際に注意すべきことは、同じ場所にある駅であっても路線が異なれば駅名も異なるということだ。日本の東京メトロでいうと、日比谷線・千代田線では日比谷駅といい、有楽町線では有楽町駅だが、日比谷駅と有楽町駅は改札を出ずに徒歩で行き来できる実質的な同一駅である、というのと同じ。

▼地下鉄の厳しいセキュリティ
タシケントに限らず、地下鉄の設備は軍事施設扱いとなっている場合が多い。これは、地下鉄駅などが有事の際の防空壕として指定されているなどの理由からだ。中国などでも同様の状況だが、ウズベキスタンにおける写真撮影などの規制はより厳しい。

▼白タクは基本テキトー
白タクの運転手には職業意識など皆無な場合が多いから、注意が必要だ。中国・キルギス国境からオシュという街へ向かう車の中でのこと。どこかの村落で運転手が車を止め、建物の中に入っていく。なかなか帰ってこないので様子を見に行くと、なんと楽しそうにビールを飲んでいやがる。客をほっぽらかした挙句、まだこの後運転すると言うのに酒を飲むとは、開いた口がふさがらない。怒れるわれわれ乗客に促されて不承不承戻ってきた彼は、その後上機嫌で車をかっ飛ばしたが、もちろん生きた心地はしなかった。

▼騎馬民族も今は昔
旅行者が利用することはほぼないが、地元の人の一部が使う交通手段として「馬」がある。カシュガルではよく、カポカポという音を響かせて、馬に荷物を引かせている人が宿の前を通りすぎていった。ただ地元の人から見ても馬は珍しいようで、週末になると「馬に乗って記念写真を撮ろう」といった商売がモスク前の広場などで行われており、地元の人で賑わっていた。

△スガより
タシケント地下鉄で警備している人たち、彼らはとても評判が悪いということでしたが、笑って「ヤポン(日本人だ)」というととても愛想がよくなったのが印象的。自分と同世代の警備員もいて、家族の話になったり、うっかりすると世間話が止まらなくなりそうでした。/「騎馬民族は今でもまれに馬を使う」、と書いていますが、騎馬民族に限らず、ぼくたちは中国で、馬に乗ってモンゴルを旅した(そして途中で、このままいくと狼に食べらるからと地元民に止められた)日本人と知り合うことができました。

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◇ RELIGION in Central Asia - 中央アジアの宗教  文・金沢寿太郎
http://www.biotopejournal.com/space/20121213/000079

▼挨拶のしかた
イスラムの挨拶は、日本の教科書などでもよく「アッサラーム・アレイクム」などと表記されている。だが、この通り読み上げて通じる確率は、経験上、とても低い。無理にカタカナ表記すると、正確な(少なくとも通じる)発音は「ッサラーマレイコm」という感じになる。最後は「mu」ではなく「m」。ちなみに、相手からこのように挨拶された場合の返事は、語順を逆転させて「アレイクム・アッサラーム」。もちろん発音は、「アレイコマッサラーm」という感じになる。

▼キリル文字に大混乱
中央アジアの国々の言語は、基本的にはロシア語だ。文字はキリル語で、慣れるまでは非常に読みにくい。日本人に馴染みがあるキリル文字は、(゜д゜) ←この口の部分といったところだろう。ちなみにこれは、ラテン文字のDに相当する。ほかにも、キリル文字のHはラテン文字のNに相当するなど、もちろん一定の法則性がある。慣れるとある程度読めるようにはなる。

▼顔立ちはぜんぜん違う
カザフ人やキルギス人は、よく見るとある程度日本人に近い顔立ちをしている。時折、日本人にいてもおかしくないかもしれない、という顔立ちを見かける場合もある。タジク人やウズベク人は、イラン系の流れを汲んでいるため、かなり異なる。

▼日本との関係
キルギスなどには特に、日本政府がODAを通じて多額の援助をしてきた(日本人がノービザ滞在できる理由には、この実績が大きい)。そうした理由もあり、このあたりでは対日感情が良い場合が多い。キルギスやウズベキスタンには「日本センター」も存在する。これはJICAににより運営される、日本語を学ぶ機会を提供したり、文化交流事業を行う施設だ。日本の雑誌などが恋しい旅行者が立ち寄ることも多い。

▼意外と多い朝鮮族
中央アジアに意外と多いのが、朝鮮族の人びと。その数は中央アジア全体で50万ともいわれている。彼らは、第二次世界大戦中にソ連が沿海部から強制移住させた人びとの末裔。対日協力の疑いがある、というのが強制移住の理由だった(当時の朝鮮半島は日本領だった)。そのためか現在もタシケントなどに韓国料理店は多く、また韓国系航空会社もタシケント空港に就航している。

△スガより
これまでカシュガル、イスタンブールでアザーンの聴こえる場所に宿泊したのだけど、カシュガルの砂っぽい空気のなか、アザーンがただよってくる感じは、独特のおもむき。それに対して、オシュやタシケントは、ソビエト風の街なみに真新しいモスク。隣国でもこうもちがうものかと意外でした。

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◇ FACE in Central Asia - 中央アジアの顔
http://www.biotopejournal.com/space/20121214/000080

▼日産車ロゴに「China」マーク
これはもちろん、反日デモの影響のひとつ。日本車が暴徒によって襲われないように、「China」というシールを上から貼っているわけです。でも、フォルクスワーゲンのマークもカジュアルにアレンジされているところを見ると、やっぱりロゴの受け取られ方は日本とはずいぶん、異なる気がします。

▼カシュガルへの列車の中の人々
寝台席が確保できず、やむをえずまる一日以上「硬座」にすわってカシュガルへ移動。体力的にはつらい反面、乗客と触れ合うことができるのが中国の硬座列車の醍醐味です。漢民族のおじさんはアルコール度数40度以上もある白酒(パイチュウ)をふるまってくれ、女の子はことあるごとにひまわりの種をすすめてくれます。車中、女の子2人(漢族1人、ウイグル族1人)に日本語を教えることになったのですが、民族の違う彼女たちがとなりに並んで座るところを目にすることができたのは、その時だけのことでした。

▼カシュガルの果物売り
緑の丸い果物を前に並べた彼はおそらくイチジク売り。腹からかなり通る声を出す彼は、けっこうお客を集めていました。

▼人懐こさ
とにかくキルギス・オシュのひとびとは人懐こくて、道行く人がすぐに笑いかけてきたり、カメラに興味を示したりしました。対するウズベキスタンの首都・タシケントでは、街の人々はおしゃれでクールで、だいぶ様子が違います。オシュの人懐こさは日本が過去に援助してきたから…、というだけでは説明がつかないと思うのだけど、あれはやっぱり、田舎と都会のちがい…なのでしょうか。

△寿太郎より
日本車に中国国旗を立てて防御してるのはけっこう見たけど、ロゴを覆ってるのは初めて見ましたね。笑える。/硬座のオッサンは、非常に粘り強くヒマワリの種の正しい食べ方を教えてくれました。前歯で齧ってうまいこと殻と中身を選り分けるんだけど、あれは結構コツがいりますね。/オシュの人は人懐こかった。キルギスでは大き目の街とはいえ、田舎ですからね。ビシュケクに行ければ、比較もできたのだけど。

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◇ BEYOND in Central Asia - 中央アジアで越境
http://www.biotopejournal.com/space/20121215/000076

▼中国国境はかくも多い
中国と陸上で国境を接する国は、ヴェトナム、ラオス、ミャンマー、インド、ブータン、ネパール、インド、パキスタン、アフガニスタン、タジキスタン、キルギス、カザフスタン、モンゴル、ロシア、北朝鮮。なんと15カ国にも及ぶ。さすが中国というべきか、そのほとんどとの間で大なり小なり領土をめぐる紛争を抱えている。なお一般の旅行者が通常越えられる国境は、ヴェトナム、ラオス、ネパール、パキスタン、キルギス、カザフスタン、モンゴル、ロシア。国境線上に複数の国境があったとしても、旅行者の越えられる国境は限られており、またその可否も時期によって変動する。今回はキルギス国境の「タシュクルガン峠」を越えた。

▼ビザの取りかた
中央アジアの各国による現地でのビザ発給業務は、きわめて劣悪だ。社会主義的公的機関の怠惰さが残っているのか、とにかく仕事が遅く、また期日にもルーズ。申請から発給までに、10日や2週間といった不必要に長い時間がかかることも多い。世界一周の途中であるなどの事情がない限り、これらの国々のビザは日本で取得していくのがよい。ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタンは、在日本各国大使館でビザが取得できるし、日本の大使館は概してきっちり仕事をする。なお、最難関のトルクメニスタンは日本に大使館を設置していないため、ウズベキスタンやタジキスタンなどのトルクメニスタン大使館で取得するほかない。

▼荷物チェックは運まかせ
越境の際の荷物チェックの厳しさは、とくに中国においては運によって激しく左右されるが、カメラの中身はほぼ間違いなくチェックされる。軍施設や国境の建物などを撮っていたら要注意だ。また書籍もチェックされるが、「地図において台湾が中国と同じ色に塗られていない」という理由でガイドブックを没収されたケースもある。今回はチベット関係の書籍を持っており、内心戦々恐々としていたのだが、チェックされなかった。また厳しい場合は、パソコンの中身まで細かく確認されるようだ。画像はおろか動画までチェックされるため、密かに保存していたエロ動画を衆人環視の中で再生するハメになった旅行者もいたという。ユニークな趣味をお持ちの方などは、とくに要注意だ。

▼恐怖の飛行機
中央アジアはLCC不毛の地で、格安航空会社はほぼ皆無といっていい。そのくせ、LCCよろしく、塔乗客数が少ない場合には、平気で当日欠航する場合がある。今回は、ウズベキスタン航空とロシア航空によるコードシェア便でその憂き目にあった。なお、搭乗の際はなるべく考えないようにしていたのだが、各所でたびたび発表される「危険な航空会社ランキング」などでは、ウズベキスタン航空はいつも堂々たる成績を残している。タシケント空港の入り口にある同社の看板には、"Have a nice trip!" などという生ぬるい文言ではなく、"Good luck!" という恐るべきフレーズが印字されている。

△スガタカシより
こうした、旅を続けるにあたって必要な情報収集は寿太郎くんに頼りきり。まったく感謝する次第であります。

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◇ VIEW in Central Asia - 中央アジアの車窓
http://www.biotopejournal.com/space/20121216/000081

▼ウルムチからカシュガルの風景
列車の外にはタクラマカン砂漠が広がっています。草木はほとんどなく荒野、荒野、また荒野。山も草木の生えない完岩山です。
ところでぼくは、今まで砂がサラサラのサハラ砂漠に対して、タクラマカン砂漠は砂の粒が大きそう、とイメージを抱いていました。実際、列車から目にしたタクラマカン砂漠はゴツゴツした砂地だったのですが、砂がゴツゴツしているのは単純に、砂漠の端だったからだよ、と寿太郎くんに指摘されました。砂漠の中央部分に行けば、タクラマカンの砂もサラサラのようです。

▼中国国境付近
中国国境付近は空が高くて抜けるような天気。標高が高いせいで気温は低く、どこか天国のような雰囲気(いったことはありませんが)でした。

▼キルギスからウズベキスタン
「街なみ」の記事でも触れましたが、中国側からはいると、キルギス、ウズベキスタンのソビエト的な景観に驚かされます。訪れた時期10月はちょうど、紅葉の季節でした。

△寿太郎より
僕も砂漠の真ん中なんて行ったことないですけど、ものの本でそんなことを目にしたことがありました。サラサラのザ・砂漠! みたいな場所は、今後モロッコだとかナミビアあたりで見られるかも。/国境付近は眺めがいいことが多いですね。むしろ、セキュリティの関係上、広く見渡せるところに国境を作るのかも。今後、逆に地獄のような雰囲気の国境はあるのでしょうか。

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■ 旅日記【ロケットの窓際】 010 新彊ウイグル自治区
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 新彊ウイグル自治区、と聞くと、まるで地の果てのようなイメージがある。とくに憧れやこだわりがあるわけではないけれど、でも新彊だ。読めない。そしてウイグル。中国だというのにカタカナだ。さらには自治区。ふつうの省ではないのだ。首府はウルムチ。漢字で書けば烏魯木斉だ。なにか雰囲気が違う。普通ではない。

 そういうわけで、再訪した西安からウルムチ行きの切符を買うときには、やや心昂ぶるものがあった。三十時間を超える長距離列車に乗ったまま、僕らは夜をふたつも超える。陝西省を出て甘粛省、それから新彊ウイグル自治区へ。眠りから覚めるたびに、窓の外の景色は大きく変わっていく。豊かな自然というより、寂しい自然。ぽつりぽつりと人工的ななにかの切れ端が見えるのに、人影は見えない。地の果て、と僕はもう一度思う。
 けれども、辿りついたウルムチは、三十時間ぶんの景色の変化を一気に巻き戻す。ここは、中国政府が総力をあげて開発した大都市だ。幹線道路はきちんと整えられ、その中央には真新しい路面電車のようなものまで走っている。デザインはどこか近未来的だ。遠くに見える雪山の大自然も、どこか浮いて見える。

 それでも、地の果てというのはあながち間違いではない。ウルムチは世界でもっとも海から遠い都市といわれているのだ。直近の海岸線までおよそ二五〇〇キロもある。道ゆく人々を見回して、彼らの多くは生まれてから一度も海を見たことがないのだと考えると、なんだか不思議な気分になる。それはどんな気持ちがするものなのだろう。いや、海を見たときに、どんな気持ちになるのだろう。彼らは心にとっておきの可能性を残しているみたいで、なんだか羨ましくもなる。いつかそんなチャンスがあるようにと、勝手に祈りさえする。

 それにしても、奇妙な都市だ。大自然と近未来。ウイグル族と漢民族。この街では常にふたつのものごとがぎくしゃくと折り重なって、僕を混乱させるようだ。きわめつけは時間だ。ここはもちろん中国だから、中国全土と同じく「北京時間」で動く。でもそこにはいろいろな不都合もある。なにしろ北京から、直線距離でおよそ三千キロも離れているのだ。時計の上ではとっくに朝だというのに、あたりはまっ暗闇ということがある。逆に、もう夜の八時台だというのに、まだ昼間のように明るかったりする。そのため、現地の人たちは二時間遅れの「ウイグル時間」を併用している。慣れるまではこれが混乱のもととなってしまう。

 僕らが駅を出たのは、真っ暗な朝の七時台だった。でも目指す宿を探してさ迷い歩くうちに、あたりはすっかり明るくなっていた。北京だろうがウルムチだろうが、文句なしに明るい午前十時。ようやくたどり着いた予約済みの宿で、事件が起こる。日本人だからという理由で、宿泊拒否に遭ったのだ。

 沈静気味であったとはいえ、つい先日まで反日運動が盛んだった中国。当然、そうした目に遭うことは覚悟のうえでいた。けれども、よりによって、漢民族の色合いが薄くなるウルムチでそんな目に遭うとは予想していなかった。少数民族の多いところほど反日運動が盛んだ(あるいはそのように政府が仕向けている)という事実を、まだこのときはしっかり認識していなかったのだ。

 レセプションの陰気な顔をした青年は、感情をほとんど込めずに "No Japanese" と言う。"why?" と尋ねると、衝撃の回答だ。"No WHY." 日本語に意訳するならこんなところだろう。「つべこべ言うんじゃない」。

 ここで、僕の血管は完全にぶち切れる。政府かなにかの圧力があるというのならわかる。そのうえで丁寧に詫びを入れるなら、こちらもおとなしく退散しよう。国際情勢は宿のスタッフの責任ではないのだから。でも彼の態度はそうではない。居丈高で、自分がどれほど程度の低い言葉を発しているかという自覚もない。だいたいこっちは、手数料を払ってまで予約をしているのだ。ウルムチには安宿が少ないし、ウェブサイトの更新をしなければならないから、慎重を期してそうしたのだ。それをまくし立て、なにがインターナショナル・ホステルだ。お前らなどレイシスト・ホステルだ、とわめき散らす。でも彼らは、ろくに聞いていない。

 結局もうひとつのユースホステルにチェックインできたため、事なきを得た。そこで出会った日本人旅行者たちの数人も、件の宿を最初に訪れ、同じような目に遭っていた。まったく信じられない宿だ。

 こうした場合に、冷静な態度をとったり、冗談にして笑い飛ばすのはまったく正しいことだ。けれども、「世界ではいろんなことがある、日本の常識は通用しない」などと妙に寛容ぶった態度を見せる者もいる。それが異文化理解だと勘違いしているのだ。僕はそうは思わない。世界中どこであれ、文句を言うべきときには言うべきなのだ。差別は断じて、文化などではない。

 僕は後日、予約に利用した某有名サービス「ホステル○ールド」にことの顛末を報告した。するとそこの責任者からわざわざ詫びのメールが入り、宿を調査するとのことであった。現在「ホステル○ールド」で検索してみると、この宿はきれいさっぱり削除されている。僕の抗議が奏功したのかはわからないが、因果応報というやつだ。「小日本人」を敵に回すとこういうことになるのだ、と思わずニンマリしてしまう自分には、さすがに少しだけ情けなくなる。



 ウルムチ滞在もそこそこに次の列車に乗り込み、向かうのはさらに西のカシュガル。中国西端のこの街は、「地の果て」を通り越して「次の世界」といった場所だ。車窓からの景色は、もはや景色というのがはばかられるほど色のない、茫漠とした荒野だ。「生きて戻れぬ死の砂漠」という意味を持つタクラマカン砂漠の端をなぞり、砂煙の中を列車は進む。今度こそ、通り一遍の文明ははるか彼方に置き去りになる。素朴な村落のそこここに、イスラムの香りがちらほらと漂いはじめる。見回せば、乗客の中にも漢民族は少なくなっている。

 夜を徹して走る列車は、点在する駅に時折停まる。暗闇の中にただ駅がぼやけた光を放つだけ、というような場所でも、ちゃんと利用する客はいるのだ。車内で仲良くなった大学生の女の子も、笑顔で別れを告げ、降りていく。あの完璧に近い暗闇の中、彼女はどこへ帰っていくのだろう、と考える。想像もつかないそこは、けれどもきっと、温かな場所なのだろう。

〈続〉

文・金沢寿太郎


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■ アフタートーク【ロケット逆噴射】 010
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スガ
ふひー

寿太郎
はい、今日も息切れ、いっぱいいっぱい状態ですね。

スガ
前回もだったけど「空間と人」はなかなかハードで。とくに、前回と今回は滞在時にこういうまとめ方すること想定できていなかったものだから、くるしかったくるしかった。

寿太郎
シルクロードはいろいろとトラブル続きでしたからね。かといって、事務的なトラブルが多かったものだから、あまり記事のネタにできるようなトラブルがあったわけでもなく。

スガ
そうでしたね。

寿太郎
ま、でも自然は雄大だった。さすがという感じ。

スガ
そうそう、とくに中国国境越えの時ね。中国国境越えって、とにかく審査がきびしいとか、どれだけ時間かかるかわからないとか脅かされてたから、なにかすごくそのギャップが。人の営みと自然の美しさのギャップ、ね。

寿太郎
ま、運がよかったですよね、単純に。我々はなんかここまで、「国境運」は異常にいい気がします。

スガ
たしかに。国境チェックでいちどもひっかかったことないもんね。それに中国は天気もよかったし。

寿太郎
そうですね。かなりのんびりした気分で国境越えることができた。聞くところでは、国境で「尖閣諸島は中国のもの」と紙に書けと言われ、拒否したら殴られたなんていうとんでもない話もありましたからね。我々のときは平和でよかったけど。

スガ
あーそんな話、ありましたね。

(ブッブッ)

寿太郎
平和じゃない音がしたな。誰だ

スガ
いや彼だろう。ぼくらと対角線で逆のとこで寝てる彼。

寿太郎
寝っ屁をおかましになられたな。

スガ
ていうかよく寝るよね。もう14時ですよ。

寿太郎
あいつ日がな寝てるよ。こち亀の日暮くんみたいだ。いろんな奴がいる。

スガ
僕たちもクレイジーワーカホリックジャパニーズだしね。

寿太郎
そうそう。あいつら旅行中なのに一日中仕事してるよクレイジーだ、とか思われてるっぽいね。大きなお世話ですよ。

スガ
でもじっさい今週はまた毎日ほとんど一日中パソコンむかってたしクレイジー旅行者ですよ。胸を張っていこう。

寿太郎
やれやれ。

スガ
ところで、もう年の瀬おしせまってきてますよね。

寿太郎
日本ではただでさえ忙しいとこに選挙があって、バタバタしてるんでしょうねえ。こちらはわりと静かに、クリスマスの準備をしてる感じですね。

スガ
えっ、クリスマスの準備? ああ、こちらってぼくらじゃなくてこっちの街ね。

寿太郎
そう、ブルガリア以降、ここセルビアでも、キリスト教圏だからクリスマスの雰囲気は強いよね。

スガ
そうですね。クリスマスといえば、BiotopeJournalもクリスマスから年末年始にかけて、すこしお休みをいただきますね。

寿太郎
そうですね。クリスマスにはクリスチャンと化してお休みをいただき、年明けには神道・仏教徒としてお休みをいただきましょう。なんて国際的!

スガ
うまいことを言う。というわけで来週からBiotopeJournalはトルコ編がはじまりますけれども、

寿太郎
はい。

スガ
来週のイスタンブール編をもって、いったん通常の更新とメールマガジンは年明けまでお休み。
ちょっと年末年始企画とかも考え中ですが、そのあたりもどうなるやらまだわかりません。来年の準備ですることもいろいろありまして。

寿太郎
いろいろありますね。

スガ
で、まあいろいろ準備したりやりたいこともあるけれども。昨日Twitterで、退屈ロケット忘年会をしようという話が出まして。というか、ぼくが出したんだけどね。

寿太郎
ほう。

スガ
忘年会を、やりましょう。

寿太郎
しましょう。おもしろいじゃないですか

スガ
日程は…いつがいいかな。

寿太郎
ちょっと待って。

スガ
はい?

寿太郎
忘年会といっても単に我々が勝手に飲むっていう話じゃなくて、動画をライブ配信してみなさんとお話をする、という話ですよね。それちゃんと言わないと、読者の皆さん、なんでお前らの忘年会の話ここで始めるんだ、ってなりますよw

スガ
あ、そうそう。大事なところを忘れてました。でも忘年会の場所はあくまでもベオグラードです。来れる人は来ていただいて、誰も来なかったら僕たちふたりでやりましょう。

寿太郎
ブダペスト説はないんでしょうか?

スガ
おお。なるほど、ちょっとじゃあそれ後で相談しましょう。

寿太郎
とにかく忘年会は、ベオグラードとかブタベストとかで、東欧でやりますんで。

スガ
日程は19日か20日あたり。もう3日しか日がありませんがw

寿太郎
みなさまぜひお誘いあわせの上、お越しください。

スガ
きまったらFacebookページとかTwitterで告知します。で、どうしてもベオグラードは遠いと、ブタベスト行けないと、そういう方は、

寿太郎
行けねえよw

スガ
行けないですか。

寿太郎
いや来てくれる人がいたら泣いて喜ぶけど。

スガ
寿太郎くんが泣いて喜ぶ顔がみたい方、ぜひお越しください。
そして、Ustreamでも忘年会の模様を中継したいと思ってますので、お越しいただけない方は、冷やかしでご参加いただけます。Ust越しにいっしょに飲んでいただいても、歌っていただいても構いませんので。おたのしみに!

寿太郎
お楽しみに。

スガ
あ、それから。今週から英訳担当の助っ人が登場しました。ぼくの元同期のあおやぎさん。今まで樹太郎くんが訳してた英訳を、彼女が訳してくれるということで。まあ今週はこちらが日本語作るのが間に合わなくて、2日分くらいしか頼めなかったけど。

寿太郎
それはいい話だけど、誰だ樹太郎って。

スガ
なぜかじゅたろうで変換すると樹太郎が最初にでるようになったんですよ。ここ数日。

寿太郎
呪太郎じゃないだけよかったよ。それはともかく、いや本当に、英訳は正直たいへんな負担で、どんどんモチベーションもクオリティも落ちていきかねない状態だったので、ありがたいです。

スガ
ありがとうございます。彼女は驚きのプロフィール写真を送ってくれたから、のちほどWebサイトに載せたいと思います。

寿太郎
ナイスな写真ですね。

スガ
そうですナイスです。また来週。

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編集後記:退屈なしめくくり

来週からはついに! トルコ編スタート。道中とても強烈な人物と出会ったトルコ編ですが、そしてそのトルコ編から、「人とくらし」の記事はすこしリニューアルします。日々写真と文で、世界の人とくらしを描いていくのは今までと同様ですが、来週からは、日々1つずつ、その人の「好き(ときどき嫌い)」を切り口に。今までとは一味違った感じになりそうですので、そちらも合わせてお楽しみください。

それからアフタートークで触れました忘年会や、どうなるものやらわからない年末年始、来年の企画など。師走の退屈ロケットはやや乱れぎみの軌道で突き進みます。決まり次第、順次お伝えしてゆきますが、みなさまどうか、見失いませんように!

スガタカシ

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