Biotope Journal Weekly vol.9 成都 ことばと言葉の間のふつう(2012.12.09)
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Biotope Journal Weekly
vol.9(2012.12.09)

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こんばんは。今週はブルガリアの首都・ソフィアからお届け。退屈ロケットのスガタカシです。

白状しますと先週まで、FacebookやTwitterで伝わってくる東京の寒さを同情の眼差しで眺めていたぼくですが、ちょっと北上しただけでソフィアはあっという間に氷点下。洒落た街なみ、美味しい料理、でも寒い…そうかこれが欧州…! 顔面にぴしゃりと鮮やかに、ヨーロッパの洗礼を浴びた気分です。

さてBiotope Journal 、今週は「成都 ことばと言葉の間のふつう」と題して成都で働く日本語翻訳者・トトさんのレポート。…ですが、飄々とした彼はぼくたちの抱いていた「中国」のイメージからはかけ離れていて、その意味ではこれまででもっとも難解な人物。あなたの中国の「ふつう」も揺さぶられること請け合いです。

中国ラストの「人とくらし」。Webのほうには、驚くほどきれいな、彼の部屋の写真も掲載しています。あわせてどうぞ、お楽しみください!

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■ Biotope Journal リポート #009|トトさん
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成都は四川省の州都。中国内陸部の中心的都市だ。それは単に、政治的・経済的に重要だということだけではない。蜀の都は食の都でもあり、四川料理は地元のみならず中国じゅうの人びと、さらには外国人にまで広く親しまれている。麻婆豆腐、担担麺、回鍋肉。
中国の内陸都市にありがちな、どんよりと汚れた空の下にありながら、この街の人びとはとても生き生きとしている。どこかしらのんびりとしていて、沿海部とはずいぶん違ったおもむきがある。

この街で出会ったのは、ふたりの日本語を学ぶ中国人。そのうちのひとり「トトさん」は、いつもにこにことして、なんだかゆったりとした空気を感じさせる人物だ。翻訳の仕事をしていて、日本語はめちゃくちゃに上手い。そんな彼の自宅にお邪魔をして、暮らしのこと、仕事のこと、それから成都でも盛んだと伝えられていた反日運動のことについてなんかも、尋ねてみた。

◆ どうして日本語?

1990年代というのは、トトさんが物心ついたあと、幼少から高校生ぐらいまでを過ごした時期だ。このころ、日中関係は、少なくとも2012年現在と比べればとてもよかった。その巡りあわせが、彼を日本語の専門家にしたのかもしれない。

彼が日本語に興味を持ったきっかけは、小さなことだった。春節を祝うために日本から輸入された、手持ち花火のパッケージにプリントされていた注意書き。ちらほらと、知っている漢字に似たような文字もあるけれど、でも何が書いてあるのかはよくわからない。これはいったい何なのだろう、というのが、彼と日本語との出会いだった。

幸い、日本語に接する機会はたくさん得られる時期のことだった。テレビでは、一休さん*やドラえもん*のアニメをよくやっていたし、日本語講座のような番組もあった。富士山や新幹線、日本の美しい自然や先端技術の情報も多く入ってきた。当時の中国にはまだ高速鉄道はなくて、緑色の列車がゆっくりと走るのみ。真っ白な新幹線が目にも止まらぬスピードで走る様子は、彼の心をひきつけた。

そんな体験があったからこそ、彼は日本語を専門に選んだのだけれど、その直接の理由はけっこう現実的だ。中国ではいちおう、中学生や高校生は英語が必修になっている。だから、彼の周囲に英語を学ぶ者はたくさんいる。でも彼は、なにか自分にしかできない技能を身につけて、武器にしたかった。それで、ずっと興味を持って親しんできた日本語を選んだのだった。四川大学*といえば国内でもかなり難易度の高い大学。そこで勤勉に日本語に取り組むうちに、だんだん母国語のような愛着を持つようになってきた。


◆ 日本語で、仕事

大学を出てから、トトさんはもちろん、日本語の能力を生かした仕事をするようになる。でもまだ、語学力は完璧なものとはいえない。最初に働いたのは旅行会社で、日本人観光客向けの通訳をした。それから、成都のゲストハウス*。いずれも、基本的なコミュニケーションができればできる仕事だ。このときにためたお金で、トトさんは旅行に行く。夢だったのはチベット旅行だ。そこからネパール、さらにインドへと進み、カルチャーショックの連続を楽しんだ。

帰ってきてから始めたのは、もっと専門的な仕事だ。たまたま日本の大きな建設会社から通訳の話があって、彼はそこで働くことにする。中国は日本の先端技術、特に安全管理の方法を学ぼうとしていて、そのため、中国人技術者が日本で研修を受けたり、また日本の技術者が中国に教えに来たり、ということがしょっちゅうある。それで、トトさんのような通訳が必要になるのだ。

ここでの経験は、彼にとってとても大きなものだった。まず、日本を訪れる機会が得られたこと。中国人技術者が受ける研修のために、ともに日本に渡った。勤務地は、北海道の千歳。たった3ヶ月だったけれど、彼は機会を見つけて、東京も見てまわった。

でも中国に帰ったあとで、彼の職場はとても不便な場所になってしまう。中国は四川省と雲南省の境に世界でも屈指の巨大な水力発電所を建設しているところで、彼はそこでの通訳の仕事を任されたのだ。建設が始まったのは2005年で、今年ようやく完成というところ。彼は2007年から今年のはじめまで働いた。大きな勉強にはなったけれど、なにしろとんでもない山奥だ。その退屈には、彼はちょっと耐えられなくて、仕事がひと段落した今年、また職場を変えた。

今彼が働いているのは、成都市内の大きな翻訳会社だ。彼はおもに、特許関係の資料の翻訳を任されている。特許とひと口にいっても、さまざまなものについての特許があるから、彼はいろいろな日本語に触れることができる。まだ働き始めたばかりだけれど、彼はずいぶん、仕事を楽しんでいるように見える。


◆「反日」の問題

ただ日本語が楽しくて、それを仕事にして暮らしているトトさんだけれど、仕事が思わぬところから影響を受けることがある。大きいのは、日中関係だ。近頃は尖閣諸島の問題をきっかけに関係が悪化してしまい、とくに日本政府が国有化を宣言した*あとには、仕事の依頼は激減してしまった。事務所には出勤するのだけどすることがない、と彼は嘆く。
ここ成都でも、反日デモは何度も行われたし、それは日本のメディアでも大々的に報道された。でもトトさんはそういうデモを冷ややかな目で見ていて、彼の友達にもそれに関わるような人はいない。

「日本に対する不満を持っている人は中国には少なくないけれど、それにしてもあんなデモをするのはバカです」と彼は切り捨てる。彼がいちばん嫌っているのは、デモが必ず破壊活動につながっていくことだ。お祭り騒ぎのようにそれが起こることを、彼はバカだという。

デモに参加するのは、おもに大学生たちだ。政府間でもめごとがあると、インターネットでデモのための呼びかけがなされる。でも最初から意思をもって参加する者よりは、飛び入りのように加わっていく者が多いのだという。そこには、確固とした思想も、主義主張もない。中国人はにぎやかなことが好きですから、と彼は呆れたようにため息をつく。
トトさんはもちろん日本語に堪能だから、日本のウェブサイトも見ている。彼が強調するのは、「中国人は反日教育をしている、というようなことがよく言われているけれど、反日教育というものはありませんよ」ということ。つまり、学校教育でわざわざ日本を嫌うように仕向けるとか、そういったことはしていないということ。彼自身も体験したことはないし、今の若い世代に向けても、行われているはずはないという。

ただ、無意識のうちに植えつけられるということはある。たとえば、抗日ドラマだ。中国のテレビでは日中戦争についてのドラマを多くやっていて、もちろん日本人は悪く描かれる。中には事実でないようなこともある。それを見て、子どもたちは日本への悪いイメージを持つようになってしまう。つまらないドラマです、とトトさんは言う。90年代には、アニメだけでなく日本のドラマもたくさん流れていたのだけど。たとえば「東京ラブストーリー」とか。

◆ トトさんの「ふつう」

トトさんはマイペースなのだけど、それは穏やかでありながら、確固としたマイペースでもある。たとえば政治的な問題はあるけれど、それは彼が日本語を学ぶことにはまったく影響しない。2〜3年後にある難しい翻訳資格の試験をパスして、もっとレベルの高い翻訳をできるようにするために、彼は今もコツコツと勉強を続けている。

現代の中国の街には、自転車ではなく電動バイクがびゅんびゅんと走っている。誰も彼も、この便利な文明の利器に魅せられているけれど、彼は好きではない。健康に良くないし、充電しなければいけないからだ。電気も無駄に使ってしまうし、もし出先で充電が切れたらたいへんだ。彼はいつも自分の脚で、お気に入りのマウンテンバイクをこぐ。3000元 (約39000円) もしたこの高級品は、彼のお気に入りだ。

そんな彼のライフスタイルは、お兄さんとふたり暮らしの部屋の中によく現れている。凝り性のお兄さんの影響もあって、華やかな模様だとかアンティーク家具に彩られた部屋。ワインなんかも置いてある。バルコニーのようになっている場所には、バーベキューのための道具さえある。お兄さんが友達を招いて、いっしょに楽しむことが多い。

本棚には、日本の漫画がたくさん並んでいる。ドラえもん*、らんま1/2*、それに聖闘士聖矢*。でもそれらは、中国語に翻訳されたものだ。トトさんは、今は日本語の原文のまま読んでみたいと思っているのだけれど、それは中国ではなかなか手に入らない。だから彼は映像のほうが好きだ。たとえばアニメの音声は日本語で、字幕として中国語がつく。それはとてもいい勉強になる。日本のドラマのDVDもある。「めぐり逢い」*、「おいしい関係」*。少し前の、平和なトレンディードラマ。

いつか日本で働くことができたら、休暇の間に日本じゅうを見て回りたいと彼は思っている。興味のある場所は、大阪、小笠原諸島、それに鹿児島。なぜ鹿児島なのか、と尋ねると、「篤姫」の舞台だからだという。大河ドラマも、トトさんはちゃんとチェックしている。そればかりでなく、きちんと歴史的な背景も調べる。薩摩の歴史に、とても興味がある。

トトさんの日本語が流暢に聞こえるのは、もちろん多くの言葉や表現を正しく使えるからだ。だけどそれだけでなくて、とても論理的だということがある。あいまいな表現の多い日本語は、論理的にきちんと使いこなすことが難しい。外国人からすればなおさらだ。でも彼はいつも、自分の考えをきちんと言葉にして、その理由を丁寧に説明する。それは彼の性格でもあるのだろう。きちんと筋の通ったことが、彼は好きだ。

そんな彼は、いっぽうで日本語のあいまいさをきちんと使いこなしたり、言葉で表現できない日本の景色の美しさに惹かれたりする。そこにきっと、彼の余裕がある。にこにことして、押し付けがましいところは微塵もなく、でもどっしりとした余裕がある。そしてトトさんは、またひとつずつこつこつと、新しいことを学んでいく。

Web "Biotope Journal" トトさん編
http://www.biotopejournal.com/tags/Toto-San


文・金沢寿太郎

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■ 今週の参照リスト
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《脚注》

◆中国での日本アニメ
「一休さん」は中国国内で1980年代から何度も放映されており、多くの人びとに親しまれている。また「ドラえもん」の人気は絶大で、1990年代以前には海賊版が横行していたが、90年代からは正規版が展開するようになった。街でもドラえもんのキャラ商品などが多く見られる。トトさんを紹介してくれた「アキバさん」によると、ドラえもんは「かわいいネ〜」とのことであった。

◆成都のゲストハウス
Sim's Cozy Garden Hostel。今週の旅行記でも登場するが、「成都といえば」「チベット行きといえば」真っ先に名前が挙がるほど旅行者に人気のゲストハウス。トトさんは現在の場所に移転する以前に働いており、移転後に起こった大地震の際には通訳のボランティアをしたという。

Sim's Cozy Garden Hostel
http://www.chengduhostels.com/

◆尖閣諸島国有化宣言
2012年8月からの尖閣諸島をめぐる日中間の問題に関連して、東京都が地権者である民間人からこの土地を購入する方針を示した。これを受けて日本国政府が購入・国有化に乗り出し、9月11日におよそ20億円で購入した。これに対し中国国内の反発は大きく、反日デモなどの勢いは増すことになった。

◆抗日ドラマ
おもに日中戦争などを舞台に描かれる。日本人の悪行に立ち向かう中国人という枠組みで描かれるが、近年は抗日とは名ばかりで、まったく別のテーマの内容を描き、抗日であることを免罪符に審査を通りやすくする、といったケースもあるようだ。

◆中国での日本ドラマ
「東京ラブストーリー」は90年代に中国でも吹き替え版が放映され、大きな人気を呼んだ。その後2000年ごろまでは日本の多くの連続ドラマが中国でも人気を博した。現在は韓国ドラマにシフトしている傾向がある。しかし「東京ラブストーリー」などは根強い人気があり、最近でもフジテレビに無断での舞台化が行われる、などの問題が発生した。

近年、日本のドラマに興味を持つ者は、もっぱらインターネットを通じて視聴している。有志による字幕がつけられる場合が多いが、もちろん正規のものではない。

◆中国での日本マンガ
らんま1/2は中国風の世界観ということもあり、親しまれた。加えて聖闘士聖矢などは、1990年代に本格的に日本マンガの中国版が出始めた頃に多くの子どもたちを虜にした最初の作品で、トトさんの世代には特に人気が高い。

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■ 旅日記【ロケットの窓際】 009 成都
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 西安にいる間じゅう、結局気分は暗いままだったけれど、インタビューを通じてのあたたかい人びととの出会いはそれを大いに慰めてくれた。行程上、この街にはもう一度訪れることになる。そのときにはまた違う気分でいられれば、と願いながら、列車に乗り込む。

 向かう先は成都だ。この旅の序盤で、僕がもっとも楽しみにしていた場所のひとつ。といっても、街の名所・旧跡がそれほど好きだというわけではない。パンダを見たければ、上野動物園に行けばよい。ただこの街のあたたかな雰囲気と、なにより思い出の宿の存在が僕にとって大きかった。

 Sim's Cozy Garden Hostelは、二年前にチベット旅行をした際に泊まった宿。チベットへの玄関口は成都と相場が決まっているし、そのためのもっとも親切な助言をしてくれたのがこの宿だった。もともとのオーナー夫妻はバックパッカーとして出会っただけのことはあり、ベッドごとのカーテンやコンセント、鍵つきのロッカーなど、旅人が欲しいと思うものすべてがきちんと揃っている。夫妻が諸事情から宿を手放したと聞き、宿の質が落ちているのではないかと心配していたが、それはほとんど杞憂だった。宿泊費が跳ね上がっていたのは、まあ仕方がない。それでも中国における相場程度だ。

 溢れんばかりの人々がせわしなく動き回っている、という中国へのステレオタイプは、ここ成都にはあてはまらない。人びとは路上に机と椅子を持ち出して、ある者は仲間と麻雀を打ち、ある者はのんびりと昼食を食べる。夜になれば火鍋を食べる者もいる。道ゆく人々の歩く速度も、どことなくゆっくりしているように見える。そしてなにより、食べ物がなにもかも美味しい。

 そんな街だから、ここは〈沈没〉してしまう旅人の多い場所だ。沈没地としてよく知られるのは、タイはバンコクのカオサン・ストリート、それにネパール・カトマンドゥのタメル地区、それからエジプトのカイロなど。でも実は、ここ成都にも多い。チベット旅行のためには煩雑な手続きが必要で、それを待つために長居している人が多いという事情もあるが、それにしても居心地のいい街だ。宿にも食事にも文句なし、酒も煙草も安い。大きな都市だから、欲しいものがあればなんでも揃う。

 ここで僕らは、ほとんど缶詰のようになって、ウェブサイト公開のための作業に明け暮れた。まだ軌道に乗り始める前で、すべきことが山のようにあったのだ。でもそれが、ほとんど苦にならない。

 遅く起きてコーヒーを飲み、作業をしながら空腹を感じる頃になれば、いつもの店に担担麺を食べにいく。宿から歩いて十分もかからないところだ。なにも特別なことのない、殺風景といえるほどの店内。出される麺は、日本のものとは異なる、汁なしタイプの担担麺。飛び上がるほどおいしいというのではなく、しかし何故だか癖になる味だ。油っこくて辛いのに、それでいてやさしい、親密な味。

 夜になれば、また別の食堂へ向かう。日本人からすると白いご飯がやや物足りないのだが、それ以外の料理はほとんどが美味しい。現地の人びとと同じように、路上の机で飯をかき込んでいると、生温かい風が頬を撫でていく。別段気分のいいものではないけれど、ここでの食事には不思議とそれがよく合う。

 長居をすれば、それだけ顔見知りも増える。毎食をともにするような旅仲間が、何人かできる。どこの国の人間だろうと関係ないけれど、日本人に人気の宿だから、自然、日本人ばかりになる。たまにはそれも、気兼ねがなくてよい。なにしろ中華料理は大皿で出てくるから、みんなでシェアするのがよい。そうしてわいわいと食べるといっそう美味しく感じるのが、不思議なところ。



 妙な話だけれど、他の旅人と出会い、彼らが同じ旅人として僕に接してくれることで、僕は自分が旅人だということを再確認する。たしかに、今回の旅は、今までしてきたような旅とは違う。常に信頼する相方が一緒で、日本語を話す相手には事欠かないし、表面的な意味での孤独を感じることもない。毎日、毎週、すべきノルマがあるし(たとえばこの文章だ)、ぼけっとして物思いにふける機会も少なくなる。

 もちろん、自分の選んだことだし、それはそれで構わない。旅にスタイルなどない。だけどいつしか僕は、自分ははたして一人称の自分自身として旅をしているのだろうか、と思うようになっていた。

 「こうでなければ旅ではない」なんていう決まりなど、どこにもない。のんびりとマイペースに旅をした結果、型破りなことをいくつもやってのけてきた、というような人にも出会った。行く先々に長逗留し、じっくり現地の人の話を聞くという人にも出会った。そんな人たちと話をしていると、忙しさの中で固くなっていた自分の感覚がほぐれていくように感じる。人に会い、話を聞き、それを言葉で表現する。いつでもフル回転させっぱなしの感性は、それゆえに、まるでストレッチ不足の筋肉みたいに固くなってしまっていたのだ。

 この街は、その雰囲気、出会い、食べ物といったすべてが、僕の心をリフレッシュさせてくれた。少しの移動にもおっかなびっくりだった、かつての旅の気分を思い出させてくれた。そして僕は少し、優しい気分になる。たとえばこういう宿には、旅慣れているのか知らないが、旅慣れていない同宿の女の子をつかまえてはべらかしては、しょうもない人生論を夜な夜な語り、あまつさえギターを持ち出して公害のような歌をうなり出す手合いもいる(しかもブルーハーツの名曲を!)。仕方ないからそんな奴も許してやろう、と僕は思う。

 いや、やっぱりちょっと、許しがたいかもしれない。

〈続〉

文・金沢寿太郎

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■ アフタートーク【ロケット逆噴射】 009
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スガ
おはようございます。

寿太郎
おあよーござーます。寒いすね。

スガ
寒いせいかすっかり寝すぎました。冬眠モード。

寿太郎
寝すぎですほんとに。まあ寝るのも必要、急に寒くなりすぎで体調崩しかねない。

スガ
今はホテルじゃなくて、ソフィアで友だちになった人の家に泊めてもらってまして。外は氷点下なのに、ここはとてもあたたかいからね。

寿太郎
しかも彼は今別の用事で家いないからね。我々だけで泊まってるというトンデモ状況。どんだけ親切なんだ。

スガ
うん。でもぼくらにとくべつ親切っていうわけじゃなくて、ここ仲間のたまり場みたいになってるけどね。まぁ彼とこの家については、年明けの東欧編をお楽しみにってことで。

寿太郎
そうですね。いよいよこのブルガリアから東欧です。といっても旧共産圏だもんで、ちょっと中央アジアを思い出すようなとこもありますね。

スガ
そう、どっちかというと中央アジアが近い。先週までしばらくトルコにいたけど、ほんとうにガラっと雰囲気変わってびっくりしたね。地つづきの国なのに。

寿太郎
宗教も違う、気候も違う。物価も違う。ヨーロッパ最安国のひとつですね。ビールが水と同じぐらいの値段ですよ。天国だ。
酒!飲まずにはいられないッ!

スガ
安いのに思いの外めしも美味しいしね。ブルガリアってほとんどイメージなかっただけに、すべてが新鮮。日本だと、ヨーグルトと琴欧洲と、民族衣装くらいしか知られてないんじゃないの。

寿太郎
ヨーグルトのイメージはわりとそのまま、いろんな料理に使われてますよね。乳製品全般美味しい。

スガ
ヨーグルトもたしかに美味しいけど、それよりなによりチキンスープな。あれやばい。やみつきですよ。

寿太郎
ちゃんと出汁が出てる感じで、味に深みがあるよね。洋食のうちでも、ここらのものは日本人好みな気がする。ま、詳細はいずれ「空間と人」で、ということで。

スガ
ん、Biotope Journalは今週で中国の「人とくらし」さいごですね。トトさん。彼は…

寿太郎
トト氏ね。彼の奇妙さを表現するのはむずかしい。なにしろなんというか、ふつうにまともな常識人だからね。いや、今までの方々もそうだけど、彼はなんというのかな、難しい。

スガ
いままでの人とはまた別のレベルで、ぼくたちの「中国人ってこう」ていうイメージが崩壊したよね。

寿太郎
そうなんだよね。それは難しくて、そういう特殊な人だから比較的スムーズに仲良く慣れたというのもあったのだろうけれど、ともかく。
ステロタイプが崩壊したけど、でも終わってみたら中国の中流以上の知的階層の若者はけっこうあんなんなのかも、とかも思った。

スガ
彼は「中国ではみんなあたり構わず汚すのが嫌です」なんて言ってて。きれいな日本を見習いたいと。
ぼくは、彼も中国で育ったんだから中国のそういう汚さがむしろ落ち着くとか、そういうことがあるんじゃないかと思ったんだけど、さいごまでそういう側面は見えなかった。

寿太郎
それどころかモラルの問題については「中国人はしつけが足りない!」とか言ってた。この表現はちょっと語弊があるからアレだけどもw でもあんまり日本人に対するリップサービスという感じはなかったね。ほんとにそう思ってる感じだった。

スガ
そう、全体的に中国人の民度の低さに心底うんざりしているかんじで。日本から来たぼくたちからすると、こういう中国人もいるのか、ていう驚き。

寿太郎
そもそもの家庭環境の問題も大きいだろうね。彼の家族も、モラルみたいな面でちゃんとした人たちだろうことはうかがえる。

スガ
でも、もしも彼の感じかたが中流以上の人たちに珍しくない感覚だとすると、中国はこれからずいぶん変わっていくのかもしれないよ。

寿太郎
どうなのかな。社会構造のなんというかヒエラルキーがたぶんすごく極端で、中流以下の人の割合はやっぱでかいからねえ。わからないけれど。

スガ
中国のもので彼が気に入っていたのは、四川料理くらいじゃなかった?

寿太郎
中国のもので彼が気に入っていた、というよりも、日本にいて「これはやはり中国のものでなくちゃ」と思うものだね。日本の四川料理は本物じゃない、と。

スガ
そうそう。

寿太郎
我々が海外で「スシ・バー」とかに対して思うのと同じことかも。

スガ
なるほど。
ところで今週、Webの冒頭で登場したアキバさんだけど、彼もトトさんに負けず劣らず驚くべき人物で。

寿太郎
アキバさんw いや彼こそまったく実に驚くべき人物だった。

スガ
だいたいいきなり「私は日本のゲームが大好きです。だからアキバと呼んでください」だからね。
日本語はオネエ言葉だし、興味をひかれる人だったけど、でもなぜか異常に恥ずかしがり屋で。

寿太郎
そう。なんかとにかく異常なキャラクターだった。アキバというのはもちろん秋葉原のアキバね。それでいいのかという。
彼は日本語がまだ下手だ、とかいう理由で恥ずかしがっていたけれど、ぜんぜん上手でしたよね。プロのトトさんにはそりゃあ、劣るけれど。

スガ
うん、恥ずかしがり方もなにか乙女な感じで。
来年までには日本語を上達させておくということだったので、1年後あたりにあらためて登場…、するかもしれません。

寿太郎
して欲しいものですね。期待しましょう。

スガ
それから今週は成都だったけれども、旅行記での君のいやされっぷりが半端じゃないよね。優しい気持ちとか言っちゃって。

寿太郎
成都好きなんですよほんとに。なんというのかな、中国特有のせかされまくる感じから自由な感じがして。

スガ
ほー、そうかぁ。

寿太郎
飯食って、見て回って、寝る、という旅の基本的なことをちゃんとマイペースにさせてくれる街な気がします。ま、思い出補正もあるだろうけれど。

スガ
君は成都には前にも来ているしね。沿岸部は別としても、ぼくは西安、ウルムチ、カシュガルとか、内陸の都市ではそんなにせかされる感じ、しなかったけどな。
成都はSim'sって宿がよかったのと飯が美味しかったのはたしかだけども。

寿太郎
あんまり理屈じゃないとこはあるかもしれないけど、とにかく水が合う感じがする。時間とお金があれば毎年2週間ぐらい行ってもいいとすら思う。
再訪が楽しみです。1年後ぐらいかな、またアジアに戻るので。

スガ
そうですね。また来週。


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編集後記:退屈なしめくくり

1ヶ月半にわたった「人とくらし」中国編も今週でおしまい。そして来週は、ウズベキスタンから飛行機でトルコに脱出する前の、ぼくたちが陸路で移動した地域、中国内陸部からウズベキスタンの「空間と人」をお伝えします。なにしろウズベキスタンのビザ失効が目の前にぶら下がっていた時期なので、じっくりと腰を据えて取材した前回の「空間と人」中国編とは一味違うものになりそうですが、疾走感あふれる視点の移動にご期待ください!

それから先週の編集後記で、Biotope Journalのサイトの英訳お手伝い(ただしノーギャラ)について触れましたところ、さっそくまた、お一人の方から「年明けからなら!」とお申し出をいただきました。この場を借りてお礼を申し上げますとともに、ひきつづき、物好きな方からのご連絡をお待ちしております。

ブルガリアに入ると同時に、街を彩るクリスマスイルミネーションが目につくようになりましたが、なにせ寿太郎くんとの男二人旅。じっさいよりも体感気温がぐっと冷え込んでいる気がしてなりませんが、今週はおいしいチキンスープに別れを告げて、さらに北へ。ところでブルガリアでは日常的な「さよなら」がイタリアとおなじみたいで、チャオ!

スガタカシ

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