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配信日:2013/08/15
【高円寺電子書林】2013年8月号をお届けします。



 ◇ kouenji-denshishorin - vol. 015



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 ・・・高円寺

 ・・電子書林

 ・2013 葉月

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 活字本にまつわるしごとをしてきた本好きなメンバーがあつまって、2011年10月に創刊した『高円寺電子書林』。
 ライター、編集、校正、流通、新刊と古本の販売など、それぞれの経験を活かして、あらたな読み物を無料のメールマガジンというかたちでお送りしています。

 *公式ツイッター : http://twitter.com/densho_k




 contents..............


【エッセイ】
ありがちアジアなり
〜インド編〜
インドの山奥でニッポンの仙人に出会った話。
──タミオー


【エッセイ】
ラグーナ(干潟)という場所 2
精神障碍体験者とともに働き、
そして、幸福の国ブータンへ
──森越まや


【コラム】
ツキイチジャーナル
本と本屋は舟で行く
──北條一浩


【書評】
女の人と和解するための読書(10)
『浮生六記』の巻
──渡邉裕之


◎イベント情報


【編集後記】


 .............. contents





 ◇ kouenji-denshishorin - 2013 hazuki





・エッセイ・
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ありがちアジアなり
〜インド編〜

インドの山奥でニッポンの仙人に出会った話。
──────────
タミオー




今はインドの北西部のラダック地方に近い、

標高2000mのマナリという小さな町に居る。

夏は涼しいので、インドの人々の避暑地となっている町である。

昔はかなり日本人旅行者が来たようであるが、

自分の見たところ、現在は韓国やヨーロッパ系の人々が多い。

しかしこんなに韓国人が多いとは思わなかった。

今は日本人と韓国人が入れ替わってしまったようだ。



マナリという町は、ニューマナリとオールドマナリに別れていて、

ニューマナリにはバスターミナルや市場があり、人通りが多く便利が良い。

そこから徒歩30分ほど川沿いの方向に登った場所にオールドマナリがある。



オールドマナリには古い民家がそのまま残されていて、

地元の人が家の横で牛を飼ったりして、

昔ながらの生活をおくっている。

といっても、かなりの部分、

観光客向けのゲストハウスが広がっていて、

オールドマナリ中央の通りは、ほぼ土産物屋で埋め尽くされている。

しかしマナリの町は落ち着いていて気候も良く、居心地がいい。



ある時、ムンバイから一緒に行動していた韓国人お兄さん二人組に誘われて、

3人でマナリ周辺のトレッキングをすることになった。



オールドマナリを出発し、細くて急坂な登山道を登る。

地元の人が飼っている牛の糞が登山道に点々と落ちていて、

この糞を目印に行くと道に迷わないね、

とか冗談を言いながら登っていくこと1時間。



目の前に突然ポカッと広場が出現した。

周りには全く民家など無い。森しかない。

1時間も人里から離れた場所に、

なにやら大きな黄色いビニールシートが、

風に揺れながら宙に浮いているのが見える。



そのビニールシートは周りの木々からロープでピンと張られていて、

屋根の役割をしているようだ。



ビニールシートの屋根の下に古いベンチやテーブルが置かれていて、

手書きでカフェと書かれた看板。



ええ、こんな場所に? 何で??

ここカフェなんですか!?

と、韓国人お兄さん達と顔を見合わせる。

ちょっと唐突すぎな場所ではないか。

こんな所で営業していけるの?



恐る恐る3人で近づいていくと、

灰色長髪、小柄で痩せたおじさんが一人居る。



お店やっていますか? と聞くと、YES。と答えが返ってきた。

こんな場所でカフェをやっているなんて、

頑固そうな人かと思っていたら、意外と物腰が柔らかい。



そして、韓国人お兄さんの1人が、

一般的なカフェでいうところの、

カウンター部分に置かれている本を見つける。

なんと日本語の本である。キノコに関する本だった。



お店のおじさんに日本語で聞いてみると、なんと日本人。



二度ビックリ。



日本列島と、

日本から遠く離れたインドの片田舎のさらに徒歩1時間離れたこの場所を

自分の意識がびゅーんびゅーんと行ったり来たり。

途方も無い出来事に頭がかなり混乱している。

混乱しすぎて、その時、白目になっていたと思う。



何かこの人、すごいな。


韓国人お兄さん達も、「ジャパニーズ イズ アメージング」

と言って、驚いていた。



メニューを見ると、値段もかなり控えめだ。

現地価格より安い感じ。



とりあえず、みんなでチャイなど頼んで、

この大自然に囲まれたカフェでくつろいだ。



犬が一匹、敷地内で寝ているのに気付く。

エサを入れておく皿が5、6枚あったので、

彼は数匹の犬と一緒にここで生活しているようだ。



週に2、3回、買い出しに下の町まで降りていくという。

カフェをやっている期間は、気候の暖かい5ヶ月間のみらしい。



それ以外は下の町に住んでいるんですか? と聞くと、

いや、1人でここに住んでいるという。



え……まるで仙人だ。



しかし冬となると、かなり寒そうだ。

敷地内に家と呼べる建物は無い。

唯一あるのは、背丈ぐらいの高さの金属の板で囲まれた

2、3畳程の広さの簡易トイレみたいな構造物だけ。

しかも屋根は例のビニールシートだ。



ここでカフェをやり始めて9年目。

1年が1ヶ月のように早いと言っていた。



日本人がインドに入国するにはビザが必要なので、

気になってその事を聞いてみると、

インドに来たのは11年前で、

その時、ある事で警察に逮捕されてしまったらしい。



(ある事とは ……実はマナリはインドでもかなり有名な大麻の産地らしい。実際、そこら中に大麻が自生している。彼はハシシを所持していたため、インド警察に逮捕されてしまった。最近はそんなに厳しくないらしいが、10年前は厳しかったらしい。)



現在もその裁判で争っていて、

そのお陰でビザに関係なく滞在できているらしい。

そして、日本に11年間も帰国していないらしい。

というか、裁判のせいで帰国できない??

とか思ってしまった。



それにしても人間ってすごいな。

それでもちゃんと生きていけている。



この人すごいし、カフェもすごい。

すごく平和で静かな場所。

彼の心もこの場所と同じような感じがした。



彼はこの場所では外国人。

その場所の文化や習慣を持っていない彼が、

彼のオリジナルな思い付きだけでそれを実行し、

逞しく生活していっているっていうのが、

普通の人には出来ない、すごいところだと思う。



いいもん見せてもらったと、お金を多めに払ってしまった。

この人の生き方がすごすぎて

その生き方にお金を払いたくなってしまった。



こんな面白い人との出会いもあるから、旅はやめられない。





おわり。




タミオー
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我はタミオー。空気の薄い場所が好き。旅・登山・絵・菜食など。
上海に乗り込み印刷してきた自費出版本、読み手を選ぶ狂気の旅日記、tamioo日記の作者。
現在上海を経由し、3度目のインド旅行中! φ( ゚乞゚)ノ
【web】http://www.tamioonews.com 【twitter】@tamioonews
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・エッセイ・
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ラグーナ(干潟)という場所 2

精神障碍体験者とともに働き、
そして、幸福の国ブータンへ
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森越まや




◇──ともに働くという夢の背景

 歴史的背景をたどると精神病は、いつも時代と文化の影響を受け制度によって形作られてきました。古来日本は、こころの多様性をおおらかに受け入れて尊ぶ社会を持っていたのではないでしょうか。

 精神病者を隔離するという制度は、江戸時代から明治期の国の改革、近代化にともなって始まります。1900年に施行された「精神病者監護法」は、精神病者には監督保護が必要とし、家族にその責任を負わせて座敷牢など私宅監置を許しました。つまり医療より前に司法が優先されたのです。この制度は50年続いた後、次の「精神衛生法」(1950年)では監督保護の責任を家族から医療へと移行させ、私宅監査から病院へと保護の場が移されました。

 つまり病者としての医療処遇とともに予防的に隔離という医療と司法の重なる処遇がとられたのです。その結果、1950年に1万3千床であった精神科病院の病床数は一気に33万床まで増床しました。病気であり隔離が必要とされた精神病者には社会での保護も保障も与えられません。

 欧米では1960年代から脱施設化が進む中、日本では入院とよばれる収容が続きました。この頃に入院となった方々が半世紀を過ぎた今も病院で生活しておられることは珍しくありません。次の制度的変革も50年近くを待たねばなりませんでした。

 1993年「障害者基本法」が施行されました。これにより、精神病者は初めて法的に障碍者として障碍の認識が組み込まれ、福祉の対象となったのです。一方これは、病者から障碍者とされることで福祉サービスを受けられるという心中複雑なことでもあります。

 厚生労働省がようやく施設から地域へ移行の指針を出したのは、2004年「精神保健医療福祉の改革ビジョン」です。これは現在、精神科病院に入院中の33万人のうち、社会的入院(社会の受け入れがあれは退院できる方々)と想定される7万人を地域生活に移行させるというもので、これを受けて2006年には障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)が施行されました。

 地域生活と就労を進め自立を支援する観点から、ここで知的・身体・精神の三障碍が一元化されました。障碍の一元化はまた障碍か健常かという二元的な見方であり、個別性や多様性を失う新たな問題も多く孕んでいると感じています。

 私は1987年から精神科病院で働いています。当時の病院から見える社会ははるかに遠く、別世界のようでした。そこからは、皆で社会に一歩踏み出して働くことは夢のようでもありました。患者さん方は変わらないのに、時が流れ、制度はゆっくりですが変わって行きました。障害者総合支援法が施行されたとき、私たちは今ならできると信じました。

 こうして、2008年株式会社ラグーナ出版は、障害者総合支援法による就労継続支援A型、自立訓練、就労移行支援を行う多機能事業所として社会に船出をしたのです。

 ともに夢を描いた精神保健福祉士の川畑と会社を設立した当初は、社長となった川畑と8人のサービス利用者が社員でした。仕事という役割のなかで病気も回復していくことをともに働きながら実感しました。何をするかと同じぐらい誰と働くかが大切だと思うようになり、私自身も診察室では感じることのできない充実や喜びを感じました。

 やがて事業は定員に達し、仕事を求めて相談にいらっしゃる多くの方をお断りしなければならなくなりました。そこで、この7月から外への就職につなぐ就労移行支援事業を開始しました。一般の企業への就職は簡単ではありません。効率よく生産性を求められ、周囲と同じペースの仕事が求められます。それはしばしば障碍を抱える方々のこつこつと根気のよい働きぶりを発揮できません。またまじめに言葉数が少ない様子は、テンポの早い人間関係の中では理解されないかもしれません。

 だんだん私は、障碍をかかえながら働くことの幸福とは何だろうと、働き方を通して生き方を考えるようになりました。就職先があれば幸せなのでしょうか。会社で働くだけが仕事ではない、いろいろな働き方があっていい、幸福とは病や就職先の有る無しに関わらない、もっと心の深いところにあるものだと思うようになりました。


◇──人の幸福とはなんだろう……ブータンへ

 夢中で病院を飛び出してきたものの、おりに触れ思うのが入院中の患者さん方のことでした。先の厚生労働省の地域へ移行を目指す7万人の中には、長期入院の方々は想定されていません。この制度においても深く沈んだところにおかれるのです。人の幸福とはなんだろう、私たちにできることは何だろうと迷うようになりました。

 そこで2010年の夏、長い間心にあった、幸福の国ブータンに行ってみることにしました。実際目にしたその国は、静謐で美しい自然の中、見えるものも見えないものも温かなこころが通い合うような国でした。沖縄病の次にブータン病に罹患した私は、今年の春、もう一度ブータンを訪れました。

 ヒマラヤの山々に抱かれた小さな国、ブータン王国。2011年の10月、ご成婚間もないブータン国王ご夫妻が国賓として来日され、震災後の日本に励ましをくださったご様子は、ニュースでも話題になりました。人口は70万人、中国とインドにかこまれた九州ほどの大きさの王国です。チベット仏教の流れをくむ敬虔な仏教国であり、豊かな自然と伝統文化に満ち、自給自足の生活を守り、1960年以降、自らの発展を計りながらゆっくりと開国の途上にあります。

 この小さな国を幸福の国として世界的に有名にしたのは、国民の幸福を国の指標とする国民総幸福(GNH)の概念です。1972年、父王の急逝により17歳で即位したばかりの前国王が、独自の国の指標として国民総生産(GNP)ならぬ国民総幸福(GNH)を提唱しました。

 具体的には、GNHには「4つの柱」があり、それを「9つの領域」で詳しく分析します。

 「4つの柱」とは、1. 持続可能かつ公正な社会経済開発 2. 自然環境の保護 3. 伝統文化の保護と振興 4. 良き統治。

 「9つの領域」とは 1. 基本的な生活 2. 健康 3. 教育と教養 4. 環境の多様性と弾力性 5. 伝統文化の多様性と弾力性 6. 地域社会の活力 7. 時間の使い方 8. 精神的幸福 9. 政治の質。

 精神的幸福は、正・負の感情(正の感情が 1. 寛、2. 満足、3. 慈愛。負の感情が 1. 怒り、2. 不満、3. 嫉妬)を自己評価します。

 1999年、世界で最後に導入されたテレビ、2005年にインターネットの開通、固定電話の定着前に携帯電話が普及しました。ブータンの言語は数多くあるため、英語を公用語とし、小学校から英語で教育が行われ、人々は英語の情報を直接受信することができます。

 このような情報だけではなく、自動車、電気など、開発の影響が危惧され始めています。そのため国中の学校で「子ども達が幸せを理解するためには、何も考えない時間を持つことが重要だ」として、授業の前の数分間を瞑想の時間としているそうです。

 今年、3年ぶりにブータンを訪れましたが、その変化には目を見張りました。首都ティンプーでは、建築ラッシュで近代的な建物がたけのこのよう、信号もない道を車が渋滞していました。郊外ではまだまだ伝統的な生活もあり、都市部との格差を外から見るだけでも実感しました。今ブータンは、近代化が進む中で、自然とともに生きてきた深い精神世界を現代社会にどのように活かしていくかという、大きな転換期にあると思います。


◇──地域に根付くメンタルヘルスシステム 

 首都ティンプーに、国の西欧近代医療の中心を担うジグミ・ドルジ・ワンチュク国立病院があります。ここにはブータンで唯一の精神科病床が12床あり、精神科医チェンチョウ医師がいらっしゃいます。2010年には国で唯一の精神科医師でしたが、現在はもう1人精神科医師がおられます。

 チェンチョウ医師は、自給自足の伝統文化の中で育ち、諸外国に留学されて内科医となりましたが、帰国後、近代精神医学でいう「精神病」の概念がない母国で、精神医療の必要性を痛感され、再度、留学されて精神医学を修められました。

 もともとブータンには、チベット仏教に伝承された伝統医学があります。地域に伝統治療師がおり、診断や薬草治療、祈祷や占星術など地域に根差した伝統医療が行われています。チェンチョウ医師は、伝統医療と近代西欧医療の両方を取り入れた独自のメンタルヘルスシステムの構築を目指しています。

 医療施設の不足を逆に利用して、地域において生活しながら治療ができるよう、スタッフの教育や相談のシステムを整え、施設がなくても大家族があると話されます。GNHでも、大家族は社会の中で最も力強く、持続可能な経済的、社会的、精神的なセーフティネットに成りうる社会資本として、大家族やコミュニティの崩壊を防ぐ策がとられています。


◇──こころの風の乱れと考えてみる

 伝統的に、こころの風[snying(命のこころ) rlung(風または命の風)]が乱れると精神障害が起こると考えられており、原因として、心配、過労、緊張、悲しみ、突然のショック、恐れ、そしてさまざまな執着心などがあります。これらの初期に現れる心理的変化は、過敏、不安、感情不安定などで、状態により5つの種類に分けられます。中には、統合失調症や感情障害、不安障害にあてはまるものもあります。伝統治療師はこれらの診断をつけ、治療を考えカウンセリングも行います。

 伝統医療の薬は、自然の薬草や植物から、伝統的な道具を使ってその土地で作ることができるので、非常に安価に手に入りやすく副作用も少ないようです。薬草は飲むだけではなく、お灸やスチーム、お香やマッサージ、薬用風呂にも使われ、気持ちを休ませます。不安が強い時には、明るく優しい環境、呼吸を鍛錬し、興奮が強い時には冷たく静かな環境で冷たい食事を出し、落ち着きを図ります。

 伝統治療師は地域に住み、同じ文化を共有しているので、患者の考えを理解し、人間関係や、環境、時の流れ、老化などストレスを受け入れる必要がある時、大きな助けになります。また、伝統治療師は一般的に年を重ねた知恵を持ち、聴き方・話し方を心得ている優秀なカウンセラーでもあります。

 彼らは人々の罪の意識や不安、他の悲しみの感情を癒し、痛みや死別に対処し、死や死にゆくことに対する個々人の理解を深めることができるのです。伝統医学では、地域や家族はとても重要な役割を果たし、決して病気は不幸ではないのです。


◇──ブータンのアルコール依存症

 チェンチョウ医師に病棟を案内していただきながら、いろいろなお話を伺うことができました。病棟は、開放病棟で2〜3人部屋、スタッフの不足もあり原則として家族が付き添い、医療費はもちろん家族の食事なども無料だそうです。アルコール依存、統合失調症、躁状態、鬱病の方が入院されており、日本と同様の薬物療法が行われていました。

 ところで、ブータンは世界で初めて公の場での喫煙を禁止した禁煙の国です。一方アルコール依存は大きな問題となっており、死亡原因も肝機能障害がトップです。これは、伝統的にお酒を使う行事が多く飲酒が習慣的になっていること、以前は自宅で自家用の酒を作っていたこと、アルコール依存の知識がなく、病気と考えていないことなどの影響があります。

 このため、「六道輪廻」を表した曼荼羅を使い、仏教の教えから酒害を理解する認知療法や瞑想など、独自のプログラムが組まれていました。ある20代の男性は、統合失調症の診断で幻聴や体内に虫がいる感覚があり、服薬で非常に落ち着かれたそうです。しかし、虫を殺してしまったことを悔やみ、服薬を拒否。デポ剤の注射を受けているそうです。

 チェンチョウ医師が彼を優しい眼差しで見つめながら、この経過を私に説明する間、彼もまた、主治医に澄んだ眼差しを向け、初めて会う私にはにっこり笑顔をくれました。慌ただしい日本の生活のなかで、ふとブータンの風を感じるとき、彼の笑顔が心に広がるのです。


◇──ブータンの幸福とラグーナの農園

 ブータンで聞いた話を2つ。
 私が友人に、「皆で水を汲みに行く時に、他の人と同じ量の水を運べない人がいたらどうする? 誰かが手伝う? 1回余計に汲みにいく?」と尋ねると、まず彼は、その質問の意図が理解できないようでした。それぞれができた仕事でいいのは当たり前だと。

 ブータンでは、「幸せですか?」と問われると国民のほとんどが「幸せだ」と答える、これはブータンを幸福の国として世界中に有名にした話です。

 その先の話、「では幸せって何?」と尋ねると、ほとんどの人が「わかりません」と答えるというのです。ブータンの仏教の教えは生きることを肯定して幸福を疑わせない、ブータンの人はまるで意識しなくても呼吸が続くように幸福を感じるのかと思いました。

 私の会ったブータンの若者達は、驚くほど生活力がありました。自給自足で育った大人から「最近の若い者は……」などと言われながらもよく働き、釣った魚をさばいて料理し、皆で家も建てる。携帯やコンピュータを使いこなす一方で自分たちの服も織る、地域の老若男女の複雑な人間関係をうまくやりすごすスキルも相当な技。ブータンでは、働くこととは生産性や理屈ではなく生きることそのもの、働く力とは生きる力だと学びました。そして生きることそのものが幸福なのかもしれません。

 昨年から、私たちラグーナで、小さな農園を借りて自然農法を教わっています。本が作れて、畑があって、鶏がいて(まだいませんが……)、小さな生業がいくつかあれば、皆が生きていけるのではないかと思うようになったからです。

 日本中が生産と消費に追われて心を見失い、掛け替えのない大地を汚染し、生きることを忘れている現在、私たちは大地に根を張って人間らしく生きていきたいと思います。「障害」だとか、「社会的に不利だ」とかいわれる立場から、勇ましく楽しく自由に生きることを、身をもって実現したいと思います。それは、皆と歩調を合わせて働くうちに私自身が満足を感じ、つまり幸福になったので、世の中のたくさんの人も私と同じように幸福になれると思うからです。これが、今のところ私が考えているラグーナと私達の在り方です。

 昨年11月には、チェンチョウ先生ご夫妻が来日されました。病院やケアーホームなど医療施設をご案内し、ラグーナでは1日を皆と過ごされました。お二人とも日本と日本人を大好きになってくださいました。ブータンを訪れた多くの日本人が、ブータンの風情に懐かしい昔の日本を感じるといいますが、チェンチョウ先生は、旅の終わりにこう言われました。

 「100年前の日本は今のブータンにそっくりだったに違いない!!」と。




森越まや(もりこし・まや)
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精神科医として大学病院、関東の医療少年院を経て埼玉、東京、沖縄、鹿児島の精神科病院に勤務。
現在は、株式会社ラグーナ出版の福祉サービス管理者。
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◎株式会社ラグーナ出版
2008年鹿児島市に設立。
メンタルヘルスに関する図書の刊行、製本、装丁、本の修理、印刷業務などを行っている。
また障害者総合支援法に基づく多機能事業所として精神障碍者の自立訓練、就労移行支援、就労継続支援A型事業を行っており、現在社員30名が精神障碍体験者である。
働くことで回復し共に成長する会社を目指している。
*ラグーナ出版ウェブサイト http://www.lagunapublishing.co.jp/




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・コラム・
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ツキイチジャーナル 2013/08

本と本屋は舟で行く
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北條一浩




 8月4日、いつものようにTwitterのタイムラインを開くと、「海文堂書店閉店」(注☆)のニュースが目に飛び込んできた。「えっ」と思わず声が出た。6月の神戸出張の際に寄ったばかりだ。その時には噂すらなかった。それもそうだろう、店員さんたちも、朝礼の際に告げられたのだという。そこだけ聞くと「ひどい」と思うけれど、むろん内情はわからない。
 報道が出たのは5日で、それによるとその日の午前に通達があった、とのことだけれど、いま確認してみても、ツイッターで最初に「海文堂閉店」のニュースが出たのは4日である。4日に一時期、自分のツイッターのタイムラインの7割が海文堂閉店のニュースで埋めつくされた時間帯があった。
 来年で創業100年だから、それを待たずに99年での閉店ということになる。切迫しているのだ。


 海文堂書店の中で私がいちばん好きなのは、児童書の棚。絵本がその性質上、大判なのは当然だが、児童書もまた大きくて重い本が多いジャンルである。ハンディな本のほうがむろん多いのだけれど、函入りの、挿し絵がふんだんに入った児童書のよみものは、私が考える理想の書物の形態の一つだ。ハードカバーで、函付きで、時に色付きで(2色刷りもまたうつくしい!)、持ち重りがする。四六判よりも大きい。
 「反時代的」と呼びたくなるたたずまい。だから棚に余裕のない本屋さんではなかなか置ききれず、たいては岩波少年文庫や講談社の青い鳥文庫、福音館文庫、偕成社文庫など並製(ソフトカバー)の本だけが並ぶことになる。置いてある本屋さんでも、だいたい岩波のみ。岩波書店は函入り・大判の児童書を今日でもたくさん、絶版にしないで残していて、それだけでも立派な版元といえるのではないか。
 海文堂書店がエラいのは、岩波だけではなく、例えば冨山房なんかの大判の函入り児童書も置いてあることだ。冨山房の函付きの本を置いている本屋は極めて少ない。それが海文堂に行くと何冊もある。棚を見ていて、つい、ニヤついてしまう。6月に行った時は、相当なスペースを割いて岩波少年文庫のフェアをやっていて、十二分過ぎるほどの見ごたえだった。

 海文堂の前のタイムラインの話題は、7月19日に出た夏葉社の新刊『本屋図鑑』だった。全国47都道府県の本屋を全部回る、というルール。写真は使わず、すべて得地直美さんによるイラストでいく方針。そして収録されている71店の中には、海文堂書店も入っている。

 『本屋図鑑』は5つの章に分かれ、一章「本屋さんの中」、二章「町の本屋さん」、三章「本屋さんの棚をじっくり見る」、四章「もっといろんな本屋さん」、五章「本屋さんの歴史」とある。一章だけ紹介すると、「本屋さんの中」は、【入り口・雑誌棚】【新刊平台】【文庫・新書棚】など、さらにいくつかの項目に分けられ、【入り口・雑誌棚】は東京のサンブックス浜田山の、【新刊平台】は徳島市の小山助学館本店の、【文庫・新書棚】は高知市の金高堂本店の、それぞれ店の紹介になっている。つまりサンブックス浜田山なら、「ここは入り口の部分と雑誌の棚に特長がある店ですよ」ということになる。制作者の意図としては、【入り口・雑誌棚】【新刊平台】【文庫・新書棚】と本屋さんをパーツに解体していき、そこに取材したお店を当てはめていったのか、あるいは、【新刊平台】という項目を作った時に、「だったら小山助学館本店しかない」というふうに取材先を決めたのか、そこは推測するしかないが、そんなことを考えながら読むのも楽しい。


 へええ、と感心したのは、三章の「本屋さんの棚をじっくり見る」にある東京堂書店のところ。あの有名な新刊平台が「軍艦」と呼ばれているとは知らなかった。「三段三列両面の棚を平台がぐるりと囲んだかたちで、お客さんは四方から本にアクセスできる」と本文にある。なるほどね。タテの本棚とその下のヨコ長の平台の組み合わせ、「四方から本にアクセスできる」ってのがミソですね。書店関係者や本に詳しい人には周知の事実だろうけど、いやこれは知らなくてよかったです。無知万歳! 得地さんのイラストがまた「軍艦」感を強く伝えてくるもので、ここは写真じゃ伝わらない仕事をサラリとやってのけている見事な1ページ。


 得地さんのイラストで「うん、この感じだなあ」と少なからず脈拍が速くなったのは、山下書店羽田店。羽田空港第一ターミナルビルにある書店で、飛行機に乗る前に何度か寄ったことがあるけれど、店に行くまでのアプローチというか全体のロケーションというか、あの場所の空気をとてもよく伝えている。ここにあるのは、飛び立つ前の高揚感、じゃなく、どちらかというと、どこにも所属しない時間の、寄る辺なさ、みたいなもの。あの長いエスカレーターを描かなければ山下書店羽田店ではない、とまでは言わないけれど、見事にそのエスカレーターと階層構造が描かれ、『本屋図鑑』の中で最も好きな1枚だ。


 マイブックシェルフヤマナ。高い所に窓がある。BOOK EXPRESS ディラ西船橋店。雑誌を立ち読みしているのは女性ばかり(男は何をしているのか)。荒尾成文堂。面陳のいちばん左は、ひとめで中上健次とわかる。明屋書店松山本店。大きく書かれた店の看板の心意気。きっと、意気揚々と開店したのだろうな。カルコス岐阜本店。闇に浮かび上がる建物の妖艶さ。アメリカみたい。「本」の文字がなければ、ラスベガスのカジノの絵だよ、と言われても信じるかも(やや強引)。本屋のヨコを通る、まっすぐに伸びた、この道。この本の中の1ページ、ノンブルにすれば151ページにあたるその世界の中で、どこまでもいつまでもまっすぐに伸びている道。


 キリがないのでやめるけど、本と本棚という、どう描いても画一的になってしまいそうな世界に向きあって、得地さんの線と文字と面と絵は、ふと忘れていたことを思い出させてくれる。このイラストが、背の文字の一つひとつ、本の輪郭の一つひとつをていねいに描き出し、それらをいくつもいくつも積み上げていく中で、われわれの世界のスキマが埋まっていく、のではない。逆だ。得地さんが細かく描けば描くほど読者の想像力は沃野を拡げ、自由になっていく。


 『本屋図鑑』のテキストは、空犬太郎さんと島田潤一郎さんの2人によって書かれている。「図鑑」という書物はやはり物量や網羅性を旨とするものだろうから、複数の執筆者がいるのは通例である。10人以上の執筆者が関わる図鑑だって少なくない。そこでは概ね、その1つの項目について「誰が書いたか」はさほど問題にされず、過不足のない知識を読者にもたらすことが大義である。しかしそこは「図鑑」とて本であり、「このAさんという人の解説文は、他の人と違ってちょっとユニークだな」ということは起こる。またそれが一つの楽しみだったりもする。しかしその場合のAさんのユニークネスは、その1冊の図鑑の全体像を壊すほどのスタンドプレーであってはならないし、もしそこまで逸脱して特異な書き手が紛れ込んでいたら、それは編集者のミスと呼んで差し支えない。


 しかし2人となるとどうか。2人「しか」いないのである。つまり、どちらかが書いたに決まっている世界。
 で、『本屋図鑑』は、何章をどちらが書いた、ということが「あとがき」に明記してある。「主に」○○が書いた、とあるので、その章を100%担当というわけでもないようだけれど、それでもだいたいの分担があった、ということらしい。
 ここ、どちらがどの章を書いた、という記述が無かったら面白かったかも、と思うのだけど、しかし実際は明瞭に文体が違うので、まあ、明記していなくてもわかってしまうかな。そういう意味では明らかに「不統一」で、これが図鑑ならざる事態なのかもしれないけれど、今のところこの文体の差、不統一なことが瑕疵になっている、という指摘は読んだことがなく、私もぜんぜんそう思わない。むしろ、面白いんじゃないか。


 個性の相違、ということは当然すぎるからスルーするとして、ふと思ったのは、空犬太郎さんが担当した一章と三章は「本屋さんの中」「本屋さんの棚をじっくり見る」と内部を見つめるものであるのに対し、島田さんが書いた二章・四章は「町の本屋さん」「もっといろんな本屋さん」となっていて、外側に拡がるものだということだ。


 二章の「町の本屋さん」を見て「そうか」と思うのは、ここには東京の本屋さんが1軒もないこと。『本屋図鑑』全体で71の店があり、その中で取り上げられている東京の本屋さんは12(*コラムの中に入っている店も含む。独立した項目があるのは8つ)。二章には20の本屋さんがあるが東京はゼロだ。これは、「たまたまそうなった」わけではない、という見立てをしてみたい。東京には「町の本屋さん」がない、ということではむろん、ない。そうではなく、『本屋図鑑』を作る過程──すなわち、47都道府県をすべてまわること──の中で見えたもの、それが「町」だということだ。


 『本屋図鑑』には、旅の気配が濃厚にある。旅をはらんだ「図鑑」はなかなかめずらしいのではないかと思う。もう一つ、ここで濃厚なのは、ある種のノスタルジーである。「ああ、こういうお店、昔、ウチの近所にもあったなー」という、比較的わかりやすいものから、もっと曰く言い難いものまで、この本に「なつかしさ」を嗅いでいる人は多いのではないか。


 それは「旅して作った」ことと関係がある、と私は思う。なぜなら、空間の移動は時間の移動でもあるからだ。私たちは住みなれた土地を離れることでなにかを思い出したり、気付いたりする。ほんの2、3日留守にしただけなのに、帰り道、自宅が見えてくる頃になって、なんだか久しぶりに自分の家を見たような、少し自分が歳を取ったような、そんな感覚にとらわれることはないだろうか? あれは即ち、時間の中を旅してきたからではないか?


 『本屋図鑑』にもし瑕疵があるとすれば、それは「旅しながら作った」ことの中にあると私は考える。「旅しながら作った」ことによって、東京の本屋は「町」の中に見出されなかった。「町」はすべて、東京以外の場所に奪われた……


 しかし、もしかしたら瑕疵かもしれないその点こそ、私にとってこの本の最大の魅力である。そこには、なんといっても「人」がいる。本屋とは、本を並べて売っているだけの場所ではない。そこには店主と客がいる。その関係がある。歴史がある。思い出があり、そして現在が、そこにある。


 海文堂書店は、三章「本屋さんの棚をじっくり見る」の中に入っている。「海文堂にならあるだろうと思う新刊は、必ず入っている」とあり、また「外観も、店内も、見た目は、商店街の「町の本屋さん」である。そのバランスにやられる。毎日、通いたくなる」とある。
 ここに「町の本屋さん」が出てきた。『本屋図鑑』編集部は、創業99年の海文堂書店(2階建ての広々とした本屋さんだ)を「町の本屋さん」と見た。「そうなんだなあ」とこちらも思う。


 自分の話でナンだが、6月に海文堂書店に行った時、拙著『わたしのブックストア』が、けっこう目立つ場所に平積みになっていた。本が出たのが2012年12月だから、半年が経過しても、まだあんなふうに置いてくださっているのかと思うと、ちょっと泣きそうになった。本が出てほんの2〜3日で、ブログに詳細な紹介文を書いてくださったのも海文堂書店である。


 『わたしのブックストア』は、北沢夏音さんの『Get back, SUB! あるリトル・マガジンの魂』とちょうど隣り合わせで置かれていた。北沢さんの本は神戸と大いに関係のある本だし、それになにしろ海文堂書店でトークショーまでやったのだからわかるのだけど、厚さにしても4倍くらいはある北沢さんの本の隣というのは、なんだか申し訳ない気もする。でも今また、『Get back, SUB!』の担当編集者である宮里潤さんと、私も一緒に本を作っています。こうしてあれこれめぐりめぐって…… それでも海文堂書店は閉店してしまう。『本屋図鑑』にも載ったのに。
 北沢さん、海文堂なくなっちゃうよ、どうしよう。


 当メルマガ・高円寺電子書林メンバーで、頼もしき校正者である大西寿男さんは生粋の神戸っ子。私なんかよりはるかに長いあいだ親しんできた海文堂がなくなるにあたって、福岡店長にメールを書いてるあいだ、思わず落涙したという。


 しかし、星の数ほどの本屋が消えていったのだ。海文堂のように話題になることもなく。『本屋図鑑』に載ることもなく。それに、消えていく商店は本屋ばかりではない。なのに、本屋特集の雑誌がやたら出たり、本屋の本が次々に持ち上げられたり、おまえらうるせえんだよ。そういう人も、少なくないだろうなあ。正論だもん、それ。


 だいたい、商店街に4つも5つも本屋がある時には誰も「本屋特集」なんかやらないくせに、減ってくるとギャーギャー騒ぎやがる。それでまた商売しやがる。あわよくば延命しようとか。だいたい、本屋って一つの場でありメディアであって、メディアがメディアでページを作るってのがもう、痩せちゃってる証拠。


 とまあ、人に言われる前に正論を積み上げてみたのですけれど。私には見えますよ、『本屋図鑑』、ケッ、と思っている人の顔が。それはうるわしのタイムラインには出現しない。でもその声は、聴こえる。聴こえなかったら、マズい。


 でも、いい本なんだ、『本屋図鑑』。17歳の姪っ子が「夏休みの課題図書、何にしようかな?」などと甘えてくるので、「そういうのは自分で考えないとダメ」と一旦は突っぱねたものの、待てよと思いなおし、『本屋図鑑』を推薦しておきました。


 あとは海文堂だな。9月30日閉店かあ。それまでに一度…… いや、行かない。行かないね絶対。だって神戸に用事ないし。閉まるから行くなんてさもしいよ。
 行かない行かない。海文堂書店には行かない、ってことで、ハイ、このテキストはこれでおわりです。




【注☆】海文堂書店
1914(大正3)年、海・船舶・港湾など海事関連書の専門店として創業した神戸・元町の老舗書店。ジュンク堂書店の開業(1976年、神戸・三宮)以前からあった、日東館書林、コーベブックス、漢口堂書店、流泉書房、南天荘書店、イカロス書房といった神戸を代表する書店のひとつ。書店にかぎらず名店が、バブル経済と阪神淡路大震災以降、軒並み倒れて行くなか、海文堂書店は映画でいえば「最後の名画座」のような存在だった。来年の創業100年を前にこの9月30日をもって閉店という突然のニュースは、地元の人たちや業界人のみならず、ツイッターなどインターネットを通して広く衝撃を与えた。(文責:大西寿男)

●海文堂書店
http://www.kaibundo.co.jp/
●ブログ - 海文堂書店日記
http://d.hatena.ne.jp/kaibundo/
●ツイッター - 海会カイエ@cahier_books
https://twitter.com/cahier_books
●神戸の海文堂書店、9月末閉店 創業100年目前 経営不振 - 神戸新聞
http://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/201308/0006222618.shtml
●神戸新聞コラム - 正平調 2013年8月7日
http://www.kobe-np.co.jp/column/seihei/201308/0006227297.shtml




北條一浩(ほうじょう・かずひろ)
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1962年生まれ。ライター、編集者。
2012年12月に、編集した『冬の本』(夏葉社)と自著『わたしのブックストア』(アスペクト)を出しました。
「サンデー毎日」「本の雑誌」等で執筆。ブログも時々(http://d.hatena.ne.jp/redballoon/)。
ツイッターは @akaifusen
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・書評・
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女の人と和解するための読書(10)

『浮生六記』の巻
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渡邉裕之




 真夜中になると、蛙が玄関に現れる。暑い夏、ディーが夕方、玄関の土間に水を打つ。夜気とともに冷えてくる那智石に、蛙は腹を当てているのだ。
 家に入ってきては困るので、外に誘導すると、蛙はゆっくりと庭の暗がりに戻っていく。庭といっても小さなものだが、それにしてもここには、都市の住宅街が失った、いくつもの植物の気が混じり合った気配が満ちている。

 8年前に一緒に暮らすことをやめ、3年前にディーがこの家にキャリーバッグを引いてやってきて、二人の暮らしが再び始まった。ディーはキャリーバッグに野菜を入れては運び込み、料理をつくって二人は食事をした。時には鉢植えなども積んでいて、その繰り返しで小さな庭が花や樹木でいっぱいになり、暗がりに蛙が顔を見せるようになった。本当は狭いのに、この庭の暗がりは深く感じられる。

 朝になった。寝室にきつい太陽の光が差し込んでいる。目覚めると調子が悪い。というか調子を悪くさせたのだ。ここ数年のことだけれど、仕事をしていて、これから渦中に入るという直前に、突如大酒をくらい自堕落な生活をするようになった。今回もそうで、今、行っている、改憲問題を扱ったムックの執筆・編集の仕事で、それまで丹念に取材してきた原稿を、さあ、まとめていくぞとスケジュール表を作った次の日には、昼間からドゥルッティ・コラムの音楽を大音量でかけ日本酒を呑みまくり、昔、飼っていた猫のミーコのことなんか考えていた。

 案の定、次の日には体調がガタガタになり、根が真面目なのかスケジュールを一日遅らせたことが頭から離れず原稿の書き出しがみつけられない。不安で食欲もない沈んだ一日となる。なんだろう? こうした最低の日を経験しないと原稿が書き出せなくなってきたのだ。

 その朝は、最低の日々の二日目。ディーが「喫茶に行こう」と誘ってくれる。最近の朝の散歩コースを教えるという。
 喫茶店でコーヒーを飲みトーストや茹で玉子を食べた後、JRの駅の向こう側に誘われた。朝の通勤時、駅前はサラリーマンでいっぱいだった。
 「朝、グダッとなりそうだったら、サラリーマンの流れに乗るようにする。乗るなら、いい波。こっちの方がいい」と彼女。

 ウチからいえば駅の向こう側は、大きな自動車工場がかつてあり、今、跡地に高層ビルが建っている。
 「大企業の人が多い。不思議なんだけど、あの人たちの方が、ひろゆき側の改札口の人より格段いい歩き方をしている。ほら見て、背を伸ばして、踵を最初に、それから土踏まず、つま先の順にしっかり地面を踏んでいる」

 ああ、確かにそうだ。颯爽と歩いている。「自信をもってんだな」(私)。「エラソーに観察しない」(ディー)。アドバイスに従って、駅からの流れに乗って歩いてみる。颯爽と前向きに。流れの一つが一つのビルに入っていく。行きつく先は、原発をつくっている電機メーカーの関連企業じゃないか。

 その流れの方向に行かない人たちの流れもあって、それは確か大手プロバイダーの企業が入っている高層ビルへと向かっている。その高層ビルの前の空間はとてもデザイン化されている。街路樹が何本も、ランダムな間隔で植えられている。アスファルトを小さく穿ち、その小さな露出した地面に樹木をすらりと立たせている。樹木の数は、まばらな林くらいになる数、遠目で見れば清潔に管理された街路樹に見えるが、その空間に入っていけば、林間を散策しているような気分になれる。
 こうしてよくデザインされた疑似樹林の中へと、これまたよく出来た人たちの人波が入り込んでいき、そこは確かによい気配で満たされている。

 「東京の自然は、もう人間だけ。自然だから生きのいいものとよくないものがあって……お金のあるところでは、その環境で人を生きのいいものにしている」と彼女がいう。

 入り込んだら追い出されるにきまっているから、高層ビルの前で足をとめた。玄関の蛙のように。
 振り向くと、すらりとした彼女が樹木の間に立っている。
 「ありがとう、ディー」
 格差社会の段差。早朝の遊びだった。


◇──自分の妻の才能に惚れ込んでいる男

 今回は『浮生六記(ふせいろっき)』という中国の本を紹介しようと思う。18世紀後半から19世紀初頭、清の国に生きた夫婦の生活記録を中心にした書物だ。
 作者は沈復(しんふく)という男性、清の乾隆28(1763)年、蘇州の知識人階級の家に生まれた。18の時、少年の頃から婚約を交わしていた芸(うん)という名の女性と結婚。

 芸は、小さな頃、紙屑籠から白居易の詩を見つけ、一字一字たどって字を覚えたという少女。そんな芸を沈は、知人の結婚式で見かける。
 「嫁入りのこととて、そのときみなきらびやかな衣裳を着けていないものはなかったが、ひとり芸だけは上から下まで全部色模様のない淡素な服を着け、僅かにその靴を新調しているだけであった。しかもその刺繍がいかにも精巧なので、問いただしてみると自分で作ったのだという。私は始めて彼女のすぐれた才能が詩文だけではないことを知ったのであった」

 この沈という男の素晴らしさは、自分の妻の才能に惚れ込んでいるところだ。といっても優れた詩人の能力だとかそういうことではなく、酒宴の慰みにさらりと書く詩文や刺繍、生け花の色彩、室内で焚く香の選び方に惚れている。
 夫妻は、決して金持ちではない、いや借金をしてはなんとか暮らしているような二人だ。その中で、夫は妻の才能に目を見張る。

 「書画の破損したのは、必ず古い紙を捜し求めてきて、きれいに裏うちして、やぶれた個処は私に頼んで描きそえてもらい、これを巻物にして『棄余集賞(きよしゅうしょう)』と名づけた。裁縫や炊事の暇には、終日そういうこまごました仕事に打ちこんで、面倒も疲れも物としなかった。芸はガラクタやぼろぼろの書物などの中から、たまさか一枚でも観るに足るものを見つけると、まるでまたとない宝を拾ったかのような喜びようであった」

 この18世紀の中国の男は、妻の喜びに共感して本当に嬉しがる。だから女人禁制の寺の庭で開かれる笙、笛、歌謡などの催しものを見せるため、妻を男装させる。「髷を男の辮髪に結いかえ、眉を太く描きそえて、私の帽子をかぶり、両の鬢を少し」出し……など本当に嬉しそうに描写し、遂には街の人に、女性であることがわかってしまう顛末を、「わたくしも女なんですよ」と白状する妻の可愛らしさとともに描いていく。

 二人は遊び続ける。美しい月見の会、酒令という宴席でのゲーム、風光明媚な景色をミニチュア化する盆景、蟷螂や蝉、蝶を針で茎や葉に留めていく少し残酷な生け花、住む家が小さく暗ければ、芸は考えをめぐらし、壁に白紙をたくさん貼ってすっかり明るくする。

 「蓮の花は夏咲き初めのうちは、晩にしぼんで明け方にひらく。芸は小さな絹の袋に少量の茶の葉をつまんで、花芯の中に入れておいた。翌朝それを取り出して、天然の泉の水の熱湯をそそぐと、えもいわれぬ香りがするのであった」


◇──彼女の性愛の嗜好と遊びの才能について

 このメールマガジンの読者や茶房高円寺書林に訪れる人の中には、働くのは少しだけで、好きな本を読み、趣味の世界で、ずっと遊んでいたいと考える人も少なからずいるだろう。この『浮生六記』を勧めたい。18世紀中国の夫婦の生活記録は「クウネル」よりつつましく「ミセス」より美しく「住む。」より住居に心を注ぎ「暮しの手帖」よりすてきなあなたにしてくれる。

 本書を読んでいくと、芸(うん)の遊びの才能、その繊細さと大胆な発想が、彼女の性愛の嗜好と関わっていることが見えてくる。言葉として表現されていないが、芸はバイセクシュアル、あるいはレスビアンではないかと思う。芸の女性に対する接し方が、それを匂わせる。

 ある日、家に若い芸妓がやってくる。芸は夫に「きっとあなたのものにしてさしあげますわ」という。
 夫が応える。「そんな妄想を起こすなんて無茶だよ。ましてわれら二人は仲のよい夫婦じゃないか。なんでこのうえ欲ばることがあろうか」と。

 妻とその芸妓は二人だけの酒宴を開いた。それから翌日、芸は女とまた遊ぶ。その前に、芸は翡翠の腕輪を夫に指差して「もしも、この腕輪があの子の物になっているのをごらんになったら、事は首尾よく行ったものとおぼしめせ」という。
 女たち二人が部屋に入る。しばらくすると、若い芸妓が部屋から出てきて、夫を見て恥ずかしそうな様子をする。見れば翡翠の腕輪は、芸妓の腕にはめられている……。

 二人は子どもを作っているが、夫である沈(しん)は、妻である芸がもっているバイセクシュアルな世界の豊かさに気づいていたのではないか。このあたり滅多なことはいえないが、中国の夫婦文化は、相当深そうだ。と思わせる気配が『浮生六記』には、ある。

 ここまで書いてきて、その後の二人を書くのが切ない……何故かというと、……沈には弟がいた。それが不実な男で作者夫婦のことを悪く考え両親に告げ口をしたため、二人は勘当され家を追われて揚州の街へと流れていく。その地で芸は病に倒れ41歳という若さで亡くなるのだ。

 つまり、『浮生六記』は、忘れ得ぬ亡妻への追憶の書であり、清の時代、写本は一部の人々の間で熱心に読み継がれていたという。清末に稿本が発見された時は、六巻のうち(だから六記という)四巻だけになっていた。そのため、今、私たちが読めるのは「巻四」までであり、後の二つは題名だけだ。

 その五のタイトルは「中山記歴(琉球遊記)」、六は「養生記道(永遠の道を求めて)」。そう、妻を亡くした男は、哀しみが忘れられず琉球に旅し、その後は悟りを求めて修行に入り……ということだった。しかも妻との楽しい日々を記述した以外がすべて失われているという書物のつくりは、相当素敵なものではないか。


◇──マイ・ガーデンとモテナイ

 さて、今回も前回に続いて実用書でない本を、また取り扱ってしまったが、一読すればわかるように、夫婦の暮らしを美しく楽しくさせる実用的なヒントがたくさんちりばめられた本なのだ。茶葉の入った小さな絹の袋を蓮の花芯に入れ、翌朝それを取り出した話を思い出していただきたい。

 さあ、私もこの本を使って、ディーとの和解の世界を作りださなければいけない。岩波文庫版の37ページを開けば、筆者である沈が「願生々世々為夫婦」(願わくは生々世々夫婦と為らん)という印章を二個彫り、夫婦それぞれ取って、二人の取り交わす手紙に用いると書いてある。あるいは89ページの芸が作る「活花塀」はどうだろう。インゲン豆の蔓をからませた移動式生け垣だ。今でいえば太陽の位置に対応できるグリーンカーテン。ああ、これもいい、などと仕事部屋で考えていると、下の玄関からディーの声がする。

 「なんで、この鉢植えだけ、葉の調子悪いんだろう!」ということだった。
 昨日、ディーは午後から夜遅くまで外出していて、私が庭の水当番だったのだ。そして、私はしっかり水を撒いた。庭に心身を注いでいるディーに怒られるのが嫌だったから、水撒きを忘れないようにし、それから丁寧に植物の状態もチェックしていた。

 呼び出され庭に出た。まさにしょんぼりした感じで葉がよれている植物の鉢植えを見せて、「どうしてこうなったのかな?」とディー。
 繰り返すが私は時間通り水をあげた。自分の記憶によれば、植物はその時点で問題はなかったはず。だから、ディーにそのことを伝えた。
 それから何か、自分の言葉に勢いがついて「ディーはいつも人に水撒きを命令をするけど、ディー自身が庭に水をやることを忘れることがある。今朝もそうだったのではないか?」と付け加えてしまった。

 するとディーは「私はひろゆきを責めようとしてんじゃないよ。客観的に見てこの植物は酷くなっている。それはどうしてなのかと二人で考えようと、いっているだけ」といった。
 「庭作りは才能があると思っているから高飛車なんだな。だから、これが鄙びてるのも、僕が水をやらなかったと思ってんだろう」
 ディーが怒り出す。
 「子どもがケガした時、『子どもがかわいそう』といわないで、『このケガは自分のせいではない』といい続けるの? ……あなた、モテナイよ!」
 それから庭で喧嘩が始まった。

 ……その夜は、玄関に蛙は現れなかった。あれから、最悪の事態になり、ディーは夕方、玄関に水を打つことをしなかった。今夜の那智石は気持ちのいい温度になっていないのだろう。外に出て庭に立ってみた。狭い庭のはずなのに、ディーがつくった庭の闇が深く見える。


 *『浮生六記』(沈復、松枝茂夫訳、岩波文庫、1981年)


渡邉裕之(わたなべ・ひろゆき)
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ライター。東京生まれ。「物語と空間」がテーマ。
現在、光文社古典新訳文庫のサイト http://www.kotensinyaku.jp で、本と街の話題を語るコラム《「新・古典座」通い》を連載中。
共著書に『海の家スタディーズ』(鹿島出版会)。仮説建築としての海の家のデザイン記録と、新たなビーチ文化のレポートから成る本。夏に読むと楽しいです。
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・イベント情報・
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◎──イベント


【第5回「あいおい古本まつり」に向けて】

南陀楼綾繁
(なんだろう・あやしげ/ライター・編集者)


 中央区佃の「相生の里」で第1回「あいおい古本まつり」が開催されたのは、2011年3月26日・27日です。その1カ月前にはプレイベントとして、施設内の図書室「あいおい文庫」担当の砂金一平、古書現世の向井透史、そして私の3人のトークが行われています。

 開催2週間前の3月11日、東日本大震災が起こりました。中央区の施設なので中止も覚悟していたのですが、幸い予定通り開催することができました。それから2年半、今回で5回目を迎えます。

 出店の古本屋さんは、ちょっとずつ入れ替わりがあり、今回は10店。30〜40代の注目の店が集まっています。量・質とも見ごたえがあり、スタッフの私も、毎回かなり買ってしまいます。

 それに合わせて、トークイベントも行います。イベント班の5人が知恵を絞り、いま一番呼びたい人に来ていただきます。「古本」にこだわらず、映画、俳句、芸能などさまざまなテーマの企画を揃えたのが、今回の特徴と云えるかもしれません。一日に3つの企画があるので、まずひとつ聴いて、古本を覗き、また別の企画を聴くというように、いろんな角度から楽しんでいただきたいと思います。

 今回の目玉は、水道橋博士×木村俊介「芸能界の裏ルポライターとして」。ベストセラー『藝人春秋』で芸能人・芸人の生身の肖像を描きだした水道橋博士に、さまざまなジャンルのプロの「仕事」を取材してきた木村俊介さんが正面から立ち向かいます。初対面のお二人からどんな話が飛び出すか、ぜひその場に立ち会っていただきたいです。多忙な博士のスケジュールが確定しなかったため、チラシではシークレット扱いになっていますが、実現できて本当に良かったです。

 これ以外の企画も、もちろん自信を持ってオススメします。星野博美×上原隆トークは、「普通の人」から話を聴くことの面白さ、難しさを語るものです。坂崎重盛×小沢信男×大村彦次郎トークは、同じ東京生まれで仲良しの3人が、自由に生きた「粋人」たちを語ります。「名画座かんぺ」発行人・のむみちさんと寒空はだかさんのトークでは、どんな脇役が出てくるか、楽しみです。句会と「パンのフリーペーパー」ワークショップは、初心者でも気軽に参加していただきます。

 すべての企画はまだ予約受付中です。当日参加もできますが、満席になる可能性もありますので、できればご予約ください。というか、スタッフの心の安寧のため(笑)、ぜひともご予約お願いします。それでは、来週末、相生の里でお会いしましょう。会場の隣にあるレバカツ屋は土曜日も営業します。外のベンチに座って、晴海運河からの風を感じつつ食べるレバカツとビールはたまりませんよ。


★第5回 あいおい古本まつり

8月24日(土)・8月25日(日)11:00〜18:00
会場:中央区高齢者介護福祉サービス「相生の里」(東京都中央区佃3-1-15)
TEL:03-5548-2490(事務局:砂金、石井)
アクセス:東京メトロ有楽町線・都営大江戸線「月島」駅2番出口より徒歩3分
map:http://www.aioinosato.jp/

*古本まつり(古本市)参加店
古書現世/三楽書房/青聲社/立石書店/西秋書店/にわとり文庫/やすだ書店
藤井書店/丸三文庫/リズム&ブックス

▽イベントの予約受付中です

◎8月24日(土)
11:00〜
寒空はだか×のむみち「脇目もふらズ、脇役一直線!」
13:00〜
日下野由季(俳人)主宰「あいおい句会」
16:30〜
星野博美×上原隆「普通の人に話を聞くとき」
◎8月25日(日)
12:00〜
ワークショップ「パンのフリーペーパーをつくろう!」
講師:林舞(ぱんとたまねぎ)
13:00〜
坂崎重盛×小沢信男×大村彦次郎「「粋人粋筆」の世界へようこそ」
15:30〜
水道橋博士×木村俊介「芸能界の裏ルポライターとして」

*各企画参加費1,000円(パンのフリペWSのみ1,500円)
*イベント詳細、予約は http://aioibook.exblog.jp/ 

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【高円寺】
●茶房 高円寺書林
手ぬぐい展 2013 1枚の布からはじまる物語
開催中〜9月1日(日)*最終1週間はお楽しみ蔵出しセール開催!
http://kouenjishorin.jugem.jp/?eid=2131

【千代田区】
●千代田区立図書館
展示「泉鏡花──その生涯と作品」
開催中〜 9月20日(金)
http://www.library.chiyoda.tokyo.jp/information/20130702-4873/
▽関連イベント
◎8月28日(水)18:30〜20:30
セミナー&ビブリオバトル
第1部:展覧会セミナー「清方が描いた鏡花の世界」
第2部:【出場者募集!】泉鏡花 de ビブリオバトル
*40名/事前申込制・先着順・参加費500円(参加者特典付き)
http://www.library.chiyoda.tokyo.jp/information/20130702-4910/

【瀬戸内】
●瀬戸内国際芸術祭
アートと島を巡る瀬戸内海の四季
夏:開催中〜 9月1日(日)
http://setouchi-artfest.jp/

【越後妻有】
●大地の芸術祭の里 越後妻有2013夏
開催中〜9月1日(日)
http://www.echigo-tsumari.jp/


◎──アート


【東京】
●国立新美術館
日本初の個展! 
アンドレアス・グルスキー展
開催中〜9月16日(月・祝)
http://gursky.jp/
▽巡回展情報
○国立国際美術館
2014年2月1日(土)〜5月11日(日)
http://gursky.jp/outline_osaka.html

●東京国立博物館
特別展 和様の書
開催中〜 2013年9月8日(日)
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1602

●太田記念美術館
江戸の美男子──若衆・二枚目・伊達男 春信・歌麿・北斎・国芳が描く男性たち
開催中〜8月25日(日)
http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

【神奈川】
●横須賀美術館
日本の「妖怪」を追え!──北斎、国芳、芋銭、水木しげるから現代アートまで
開催中〜9月1日(日)
http://www.yokosuka-moa.jp/exhibit/kikaku/1302.html

●平塚市美術館
日本の絵──三瀬夏之介展
開催中〜 9 月16 日(月・祝)
http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/

【群馬】
●ハラ ミュージアム アーク
ポップ ! ポップ !! ポップ !!! ──原美術館コレクション展
開催中〜9月1日(日)
http://www.haramuseum.or.jp/jp/common/pressrelease/pdf/arc/jp_arc_pr_summer_pop_130621.pdf

【石川】
●金沢21世紀美術館
内臓感覚──遠クテ近イ生ノ声
開催中〜9月1日(日)
http://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=19&d=1601


◎──企画展


【東京】
●3331 Arts Chiyoda
八谷和彦個展「Open Sky 3.0 ―欲しかった飛行機、作ってみた―」
開催中〜9月16日(月・祝)
*8/13(火)〜16(金)休館
http://hachiya.3331.jp/
▽関連イベント
日比谷図書文化館
展覧会への入口 夏休み特別講座 Open Sky3.0 ―欲しかった飛行機、作ってみた―
8月21日(水)19:00〜20:30
http://hibiyal.jp/data/card.html?s=1&cno=1879

●世田谷文学館
没後80年 宮沢賢治・詩と絵の宇宙──雨ニモマケズの心
開催中〜9月16日(月・祝)
http://www.setabun.or.jp/exhibition/exhibition.html

●八王子市夢美術館
チェブラーシカとロシア・アニメーションの作家たち
開催中〜9月1日(日)
http://www.yumebi.com/

●ギャラリーエークワッド
トーヴェ・ヤンソンの夏の家──ムーミン物語とクルーヴ島の暮らし
開催中〜9月30日(月)
*8/10(土)〜8/18(日)休館
住所:東京都江東区新砂1-1-1
http://www.a-quad.jp/exhibition/059/pamph.pdf

●松屋銀座8階イベントスクエア
エヴァンゲリオン展
開催中〜8月26日(月)
http://www.asahi.com/event/evangelion/
▽巡回展情報
○北九州市漫画ミュージアム
10月26日〜12月27日
○松坂屋美術館
2014年4月26日〜5月20日
○阪急うめだギャラリー
2014年6月25日〜7月14日
○そごう美術館
2014年7月19日〜9月7日

【埼玉】
●原爆の図丸木美術館
・坑夫・山本作兵衛の生きた時代──戦前・戦時の炭坑をめぐる視覚表現
・田中正造没後100年 足尾鉱毒の図特別展示 
開催中〜9月8日(日)
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/index.htm

【青森】
●青森県立美術館
三陸復興国立公園指定記念「種差 よみがえれ浜の記憶」
開催中〜9月1日(日) *7/29休館
http://www.aomori-museum.jp/ja/event/45/




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・編集後記・
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 一説によると「東南アジアより暑い」と言われる今年の8月。皆様、いかがお過ごしでしょうか。こう暑いと思考は停滞し、正直な体は爽快な水分を求めてやまない感じになってきます。しかしそんな苦しい季節にも、私たちには見えないところ、例えば文字通り水面下に隠れているラグーナ(干潟)のような場所で、稚魚や幼魚は成育し、その泥には豊かな栄養が宿り、様々な生物相が活発にうごめいているのです。
 調子の高い、耳に心地良い言葉ではなく、ラグーナから聴こえてくる、ここではないどこかともつながっていくような言葉を飛ばしたい。そんな思いで8月号を作りました。
 皆様、涼しくなるまで、どうかご無事で。
 
 高円寺電子書林 編集長
 北條一浩




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●編集 : 北條一浩 渡邉裕之 高田雅子
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