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こんばんは。退屈ロケットのスガタカシです。今夜も安定のくもり空の下、ポーランドはクラクフからお届けします。

今週のBiotope Journalはカッパドキアのベリーダンサー・アイリン様。本場のベリーダンサーと会うのはもちろん、ぼくはベリーダンスそれ自体、観るのははじめて。これまで、友人から「ベリーダンスはじめたんだ」なんて話を聞いても「へえー」などと生返事で返していたぼくですが…、スミマセン。ぼくはベリーダンス、なめていました。彼女のダンスはその精神的な充実にささえられてか、まさに圧巻!

今週のメールマガジンもひきつづき、画像つきhtml版。トルコの伝統的な舞踊、エンターテイメントがたっぷり詰め込まれた「ターキッシュ・ナイト」のレポートとしても読めるように、写真多めでお届けします。Webの記事とあわせて、どうぞお楽しみください!


Biotope Journal リポート #013|アイリン

>Web "Biotope Journal" アイリン編 カッパドキア 観光の街で伝統を舞う

観光資源の豊富なトルコのなかでも、指折りの観光地であるカッパドキア*。こんな観光地にはホテルやレストランがつきものだし、観光客向けのレストランにはショーがつきものだ。そして、トルコのショーといえば、まず挙げられるのがベリーダンス*ということになる。多くのこうしたレストランでは、「ターキッシュ・ナイト」などと題して、ベリーダンスを中心とする様々な出しもののステージを提供している。旅行会社のツアーに組み込まれていることも多く、観客の大多数をそんな人々が占めている。

旅行会社の男が、知り合いのダンサーをインタビュイーとして紹介してくれるというので、これ幸いと向かったのが、カッパドキアらしい洞窟を模したレストランでのターキッシュ・ナイト。でも、彼の説明がどうにも要領を得ず、どういう構成のプログラムなのか、どのダンサーがインタビューを受けてくれるのか、何度聞いてもいまいちよくわからない。音楽を演奏している人がいるけれど、演目が始まっているのか、ただの前座なのかもわからない。そうこうしているうちに、まばらだった客席も徐々に埋まってゆき(やはり大半がツアー客だった)、本番のパフォーマンスが始まるような雰囲気になってきた。やがて円形のフロアはほぼ満員となる。円形のステージを囲むかたちで、360度に観客が座る形式だ。

ターキッシュ・ナイトとは

トルコの伝統的なダンスは、なにも有名なベリーダンスだけというわけではない。よく知られているのが、今回のステージでも序盤に披露された、スーフィー・ダンスと呼ばれるものだ。スーフィズム*とは、イスラム神秘主義の意味。
スーフィズムにおけるダンスは、もともとは見せ物として成り立ったものではなかった。むしろこれは内面的な修行の一環で、一心不乱にただ回転し続けることで神との一体化という境地に達しようというものだ。多くの場合、踊り手は男性であっても真っ白なスカート状の布を身につける。これが回転にともなって円錐状にふくれ上がり、その様子がいかにも美しいために、次第に見せ物としてのダンスという側面を持つようになり始めた。トルコだけでなく、エジプトなどでもこのダンスを見ることができる。場合によっては、カラフルな衣装を身につけて回転することで、より観客の目を楽しませようとしている場合もある。

宗教色の強いシリアスなものばかりでなく、思わず笑ってしまうような演目もある。その筆頭は、腹踊り。日本でも宴会芸としておなじみのあの踊りと、ほぼ同じだ。踊り手は顔を隠して腹を出し、その腹には人の顔が描かれている。その異常な風体でステージじゅうを所狭しと駆けまわる様子は、なんともコミカルだ。でも踊り手の苦労は想像に難くない。顔を布で覆ってているから呼吸も不自由だろうし、そんななかで腹を出したり引っ込めたりして腹のほうの顔の表情を操作しなければいけない。そのうえで、そこらじゅうを走り回るのだ。いかにも奇妙でおかしな見た目とは裏腹に、相当のハード・ワークが必要とされる。

男女の婚礼を描いた、寸劇調のダンスもある。花婿は花嫁にむかって、いくつかの踊りを踊って求愛する。それぞれの踊りは、自分の外見が優れているとか、自分が金持ちであるとか、そういうことをアピールするものだ。でも花嫁は受け入れてくれない。最後に花婿は、いかに自分が彼女を愛しているか、愛情そのものをアピールするダンスを踊る。すると花嫁はそれを受け入れるのでした、というお話。そのあとには祝福のダンスが始まり、指名された一部の観客たちはステージに誘われて、ダンスに参加することができる。

ターキッシュ・ベリーダンス

演目の最後を飾るのが、ベリーダンスだ。トルコではこれを、オリエンタル・ダンスと呼ぶことが多い。その名のとおり、このダンスの発祥は中東・アラブ文化圏。けれども、もともと口承で伝えられてきたということもあり、その発祥の詳細や具体的な伝播のルートについては、今も多くの説がある。いずれにせよ、現在のベリーダンスは国や地域によって様々なバリエーションを持つようになっている。体全体でなく肩や腰のみを円運動させることによって、「女性らしい」ふくよかさを強調する、という点は、もちろん共通しているけれど。

トルコ式のベリーダンス、つまりターキッシュ・ベリーダンスのあり方は、トルコにおけるイスラムの歴史のある側面を反映している。エジプトなどの地域では、歴史の過程において、ベリーダンスの表現が厳しく制限されることもあった。つまり、腰を使った動きや、露出度の高い服装が、性的な意味で好ましくないとして、イスラム法に基づいて禁じられたのだ。でもトルコでは、特にオスマン帝国の時代、そうした厳しい規制は存在しなかった。それに加えて、この時代にはロマ人*のダンス様式も取り入れられた。現在のトルコ様式に見られる、「ジル」と呼ばれるフィンガー・シンバルを打ち鳴らす独特のダンスには、ロマ人の影響が反映されているとも言われる。
そんなわけで、トルコ様式は現在、もっとも華やかでエンタテイメント性の強いベリーダンスと見なされることもある。

アイリン、いよいよ登場

堂々たる存在感でステージに登場したのが、メイン・アクトを務めるベリーダンサーのアイリンだ。今までのダンサーたちは常に集団で登場して、統率の取れた同じ動きをすることで、全体としてのステージを作り上げていた。でも、アイリンはまったく逆だ。ただひとりステージに立ち、今日の出演者で初めて、すべての客席からの眼差しを一身に受けている。微笑みながらそれをしっかり受け止める彼女の様子からは、まだ本格的に踊り始めてもいないのに、早くもオーラのようなものが感じられる。
そんななかで、旅行会社の男がなにごとか耳打ちをしてくる。さぞ重要な情報なのだろうと、彼のおぼつかない英語にこちらのおぼつかない耳を傾ける。曰く、アイリンは何もかもが自然なところが凄いのだ、といってニヤリとする。「自然体」とかそういう意味だろうかとよくよく確かめてみると、要するに「豊胸手術」みたいなことをしていない、自然のままの肉体だという意味だった。そんなくだらない話をしている場合ではないのだ。まったくこの男は、いつまでもピントがずれている。
彼に呆れているうちに、アイリンのダンスが始まる。ベリーダンスの動きのおもしろいところは、滑らかでありながら、ある意味では不自然だということだ。つまり、体のパーツごとの動きにはまったく硬い直線的な部分がなく、常にゆるやかな円運動をしながら続いていく。それにもかかわらず、それらをひとりの人間の動きとして見ると、体全体が動くことなくパーツだけが動いているから、とても不思議で非日常的な印象を受ける。このコンビネーションが、見る者の目を離せなくさせ、やがて神秘的なものを感じさせるにまで至るのだろう。

笑顔のダンサー、素顔のくらし

ステージを終えたあとの控え室でローブを羽織ったアイリンは、とてもリラックスした雰囲気だった。華やかで熱狂的なステージを終えた直後とはとても思えない。スターらしい、人を寄せ付けないような雰囲気もない。でも意識的にそうしているというよりは、彼女はとても自然にそんな空気を醸し出しているのだ。「ステージの上と下での切り替え」というようなことともまた違う。むしろ、いつも通りの普通の精神状態のまま、その延長としてステージに上がれるように、常日頃から精神を整えているのだろう、という感じがする。

じっさい彼女のプライベートは、いつでもダンスと強く結びついている。でも、べつに彼女は常に仕事にとらわれながら生きているというわけではない。幼い頃からベリーダンサーに憧れて、15歳でその一歩を踏み出した彼女にとっては、ダンサーであることはただの仕事を超えて、生き方そのものなのだろう。
リラックスしたいときに彼女が向かうのは、たとえばプールだ。カッパドキアにはもちろん多くのホテルがあり、なかでも高級ホテルは居心地のいいプールを備えている。そこで泳ぐことは、心のリラックスと同時に、身体のケアとしても重要だ。でも、ステージ外で身体を動かすのは、これでほとんどおしまい。彼女は、常日頃からダンスのトレーニングをするというわけではないのだ。年に一度、観光のシーズンオフのときに、その年の演目のための練習をすべてやってしまう。これにはみっちり、一ヶ月もかける。そしてシーズンが始まれば、あとは毎日のステージをこなす中で、動きをさらに磨き上げていく。

日頃からの備えとして重要なことは、やはり精神を整えておくことだ。彼女は読書も好きだけれど、特によく読むのがスーフィズムについての本だ。神秘主義の考えかたに触れることは心を落ち着かせてくれるし、それは彼女がよく行っている瞑想の助けになる。イスラム式の瞑想*を、彼女は週に3度以上は行うのだという。もちろんコーラン*は、毎日読む。これほど徹底したメンタル管理がいかに大切かということは、彼女のこんな言葉が物語っている。「ステージの上ではいつも笑顔でいるけど、人はいつでも誰にでも笑顔でいられるわけではないものね」。

彼女は今、ダンスの先生としても活動をしている。ステージに立たない日中、若いベリーダンサーの卵たちを教えているのだ。将来の展望について尋ねても、やはり教え続けていきたいのだという。
イスラム文化の中で異例ともいえる華やかな世界に身を置きながら、それゆえに彼女は、いつも真剣にイスラムの教えに立ち返り、その伝統を守ろうと努力している。そして、ダンサーとして恐らく円熟期にあるだろう彼女は、守るのみでなく伝えることに、使命のようなものを感じているのかもしれない。

カッパドキアで彼女がいちばん好きな場所は、レッドバレーと呼ばれる場所だ。長い年月をかけて自然が作り上げてきた奇岩の渓谷とそそり立つ山が、夕日を浴びて赤々と燃え上がる。石灰岩の白さはとても繊細で、オレンジのかすかな揺らぎを細やかに映し出す。そんな色の微妙な変化は、多くの観光客の心をとらえて離さない。でも、毎日観光客たちが一生の思い出として胸に刻んで帰っていくその神秘的な儀式を、この大地ははるか昔から毎日毎日繰り返している。そのどれもが微妙に異なり、けれどいつでも美しいのだろう。ちょうど、毎日舞台に立ち続ける、アイリンのベリーダンスと同じように。

文・金沢寿太郎

今週の参照リスト

《脚注》
◆ カッパドキア
トルコ中央やや南側、首都アンカラから南東にある、トルコ屈指の観光地。奇岩や地下都市、それらを上空から見下ろせる気球ツアーなどで知られる。外国人観光客は年間100万人に届くかという数が訪れるが、それ以上にトルコの国内観光客の数が多い。ちなみにこれはあくまで地域名で、中心の街は「ギョレメ」という。

◆ ベリーダンス
「ベリー」は「腹」を指すことからもわかるように、やはり腰まわりの滑らかな円運動がなにより重要視される。これを踊るにあたっては、腹は(「女性的」に)ぽっこりと出ているのが良いこととされているから、知れば知るほど、シェイプアップとしてのベリーダンスというあり方が矛盾しているように思えてくる。

◆ スーフィズム
イスラム神秘主義。トルコにおいては、トルコ革命以降の近代化の流れの中で、徹底した世俗主義を目指した政府により、神秘主義教団の活動などは制限されてきた。しかしその思想や文化は今も人びとの中に根強く残っており、政府もこれらは保護すべきものという立場をとっている。

◆ ロマ人
ヨーロッパ各地に分布する、いわゆる「ジプシー」と呼ばれる人々のうち、かつてインド方面から移動してきた民族にルーツを持つとされる人びとを指す。しかし、その民族的なルーツは完全に解き明かされているわけではなく、むしろ生活様式や占い・踊りなどの文化を継承する人びとを指してロマ人と呼ばれる場合が多い。

◆ イスラム式の瞑想
アイリンの行う瞑想は、前述のスーフィズムに基づいているという。呼吸法によるもの、音によるものなど、様々な形式の瞑想がある。なお、スーフィーダンスの原型となった旋回運動も、もともとは瞑想の一形態である。

◆ コーラン
イスラムの聖典で、クルアーンとも呼ばれる。イスラム教では、ムハンマドによって伝えられた神の言葉そのものであるとされ、すべてのイスラム信仰がコーランの記述に根ざしている。敬虔な者であれ緩い者であれ、すべてのムスリムにとって非常に重要な聖典。あのジハンも、一度読んでみて欲しいと勧めていた。


旅日記【ロケットの窓際】013 飛べずイスタンブル

 パスポートに貼り付けられたビザの示す滞在期限は、明日だ。そして今日のフライトがキャンセルされた。つまり、残された時間は間もなく24時間を切る、ということだ。ともかく航空会社のスタッフに事情を尋ねる。同じ憂き目に遭った人びとが十人弱、彼の周りを取り囲んでいる。皆一様に苛立ち、疲れ果てた表情だ。スタッフは携帯電話でなにごとか話しながら、さりげなく輪から離脱する。人びとはそれを追って、のろのろ、じわじわと再び彼の周りに集まる。事態はのろくさとして一向に進まない。

 そんな中でようやく明らかになったのは、今日はやはり飛行機は飛ばないということ。明日の便は飛ぶので、そこに振り替えられるということ。今夜の宿は航空会社が用意するということ。当然といえば当然だ。深夜の急な業務にスタッフは憂鬱そうだが、とにかく車を運転して僕らを近くの宿に放り込み、明日の早朝に迎えに来ると言い残して去っていった。皮肉なことに、このホテルの部屋が、今までの中でもっとも上等な客室だった。でもこの部屋も、明日の朝早く引き払わねばならない。とにかく出国手続きを済ませなければ。


 翌日の手続きは実にスムーズだった。何事もなかったかのように搭乗したのは、ロシアのサンクト・ペテルブルク行き。もともとの予定通り、ここで同じ会社のイスタンブル行きへ乗り換えることになっていた。

 道連れのほとんどはウズベキスタン人。ロシアへ出稼ぎにでも行くのか、集団になって周りの席を占拠している。飛行機に乗ることも珍しい体験のようでかなり興奮しているけれど、日本人はそれ以上に珍しいようだ。こちらが日本人だとわかると、一斉に注目を浴びせてくる。でも言葉はほとんど通じない。隣に座っていたリーダー格らしいおじさんが、窓の外を指しながら、ここはカザフスタンだ、もうそろそろロシアに入るぞ、と教えてくれたのは、なんとか理解できた。

 北西へ向かう飛行機は、まるで時空を超えてしまいでもしたかのように、あっという間に宵闇に包まれる。窓の外をぼんやり眺めながら、けれども口は痛むしトラブル続きに疲れきっているから、僕にはほとんど感慨のようなものを感じる余力はなかった。でも、無い余力を振り絞って立ち向かうべきトラブルが、またぞろ待ち構えていたのだ。

 サンクト・ペテルブルクに着いて判明した恐るべき事実は、乗り換えるべき便が存在しないということだ。つまり、昨日飛ばなかったのはここへ向かう飛行機だけで、ここからイスタンブルへ行く便は予定通り飛んでいってしまったのだという。なるほど理屈は通っている。だから僕らの乗る便は、もうないのだ。

 この馬鹿げた話には、もはや唖然とするほかなかった。なぜなら、次の便も同じロシア航空の便なのだ。こういう事態が起こることなど、昨日の時点ですでにわかりきっていたことだ。彼らには問題の抜本的解決などという概念はなくて、ただ目の前で騒ぐ客を次のところへ送り込むことしか考えていないのだ。僕らはあらためてクレームをつける。彼らはあらためてバタバタ動き回る。

 だいたい、僕らの荷物はどこへ行ったのだ? イスタンブルまでダイレクトで運んでくれるはずなのに、その便がないときている。尋ねてみると、なんともう運び出されてしまったという。つまりロシア領内にあるのだ。冗談じゃない。ロシアにはビザが無ければ入れないし、僕らはそんなものを持ってはいない。大急ぎでクレームをつけると、やがて出国カウンターの手前で待つ僕らのところに、荷物が運ばれてきた。やれやれ、とりあえずは、ひとつ解決だ。

 次いで解決しなければならないのは、イスタンブル行きの代替便だ。しばらく待っていると、ロシア航空のスタッフが代替案を提示してくる。曰く、ルフトハンザ航空の便が用意できる。ただしこれは直行便ではなく、フランクフルトを経由することになる。フランクフルトだって?

 さっきまでウズベキスタンにいたというのに、それどころか一週間ほど前まで中国にいたというのに、今からドイツへ向かうだなんて、まったく信じられない話だ。でも僕らに選択の余地は無い。もはや笑いさえこみ上げてくる。幸いなことに、ルフトハンザはそのサービスにおいて、とても評判のいい航空会社だ。機内サービスでドイツビールをたらふく飲んでやることに決め込んで、僕らはいそいそと搭乗する。

 呆れるほどだだっ広いフランクフルト国際空港をじゅうぶん見て回るほどの時間は無かった。でもそれは好都合。僕にとってフランクフルトは、年末をドイツでゆっくり過ごすための起点となるべき場所なのだ。そのときに感慨をとっておくために、今はひたすら機械的に、どこでもないこの場所から、とにかくトルコへ向かうのだ。

 ほどなく次の飛行機に乗り換えて、イスタンブルに辿り着いたのは、深夜の向こう、早朝の手前。とても中途半端な時間だった。公共交通機関が動いているはずもなく、仕方なしに僕らはタクシーに乗り込む。

 タクシーが、夜の道路に飛び出していく。きらびやかなネオンサインが、街を包む鈍いオレンジ色と溶け合う。その向こうから、滑らかな造形のモスクが顔を覗かせる。まるで幻だ。ここはイスタンブル。夢にまで見たことなど一度もないけれど、とにかくその美しく整った街並みは、いちおう悪夢の終わりを告げてくれているようだった。

〈続〉


アフタートーク【ロケット逆噴射】013

スガ
寒いね。

寿太郎
寒い。チェコ終盤からついに本格的に雪な感じになってきましたね。ちょうど同じ頃、東京でもえらい雪が降ってたみたいだけど。

スガ
ああ東京の雪、盛り上がってたね。雪はブルガリアとかでも降ってたけど、でもここの寒さはちょっと格別。ゆるぎなく毎日曇ってるし。

寿太郎
そうね。でもちょっと調べたところだと、曇ってるおかげで致命的な冷え込みかたにならないみたいだよ。

スガ
あ、そうなの。放射冷却がない、とかそういうこと。てことは例年はもっと天気がいい代わりにもっと寒い、とか?

寿太郎
いや、例年曇ってるのだと。あ、ここがどこか言ってなかったですね。ポーランドです。

スガ
そうポーランドのクラクフ。まぁ氷点下4度とかそれくらいだからね。致命的ではないかも。曇り空の下、生きてゆきましょう。

寿太郎
もうここより北はなさそうですからね。少なくともこの冬は。というわけで新年2回目でしたが。

スガ
アイリン様ですよ。
なんかね、対面した時からもうオーラがすごくて、様づけで呼ばせてくださいという。

寿太郎
最初対面したのは、たしかステージ直前みたいなときか。というか、もうひとつのステージが終わった直後だったっぽいね。

スガ
あー、そうか。そうだね。
「今ちょっとだけ時間とれるから控え室来て」って言われていってみたら、なんかこう、バーンと。オーラもスゴいしおっぱいも大きいし。

寿太郎
「おおう、おっ、おおー」とか言いながら写真撮ってましたねスガくんは。

スガ
いやほんとそんな感じ。会った瞬間にガツンとやられて、尻尾巻いて逃げ出したくなるような。

寿太郎
たしかに、こういうタイプのプロフェッショナルの人は初めてだったからね、考えてみれば。

スガ
足腰がふるえそうになるのを抑えながら「とにかく撮るんだ! 立ち向かえ!」みたいな感じでした。

寿太郎
それは僕はインタビューのときそんな感じでしたね。アイリン様は優しいんだけど、あのマネージャーが早く終われとプレッシャーかけてくるし。

スガ
寿太郎くんもぼくに劣らずいっぱいいっぱいでしたよね。今回は今まででたぶん一番インタビュー時間が限られていて。しかも通訳してくれたそのマネージャー、話が微妙に通じない。

寿太郎
彼だけじゃなくて、旅行会社のあのヌケサク氏も、みんながみんな話が通じない。というか、どれだけ説明してもこちらの意図がわかっていなかったフシがあるね。

スガ
うーむ。インタビュー1時間OKといってたのに15分くらいで「さあそろそろ!」みたいな感じだったしね。

寿太郎
アイリン様自身はそれなりにきちんと把握してくれていたっぽいのが救いだったけど。ただ今回難しかったのは、彼女が初めて、英語も日本語も通じないインタビュイーだったんですね。

スガ
そうだね。

寿太郎
あ、キーちゃんがいたか。でも彼は英語わかるし、なにしろ4人がかりで通訳していただいたから。

スガ
通訳4人体制とか、なんという贅沢w

寿太郎
とにかくかつてなくハードなインタビューでした。

スガ
終わったときはぐったり。まぁでもおかげでいい画は撮れたし、トルコでベリーダンサーを取材できたのもよかったけど。ただできれば、やっぱり彼女の家は見たかったなぁ。

寿太郎
そうですね。彼女自身と交渉ができればよかったのだけど、すぐに周りの連中がエクストラマネー払えとか言い出すからむずかしかったですね色々と。

スガ
そうなんだよね。周りに止められてしまって、ちょっとどうしようもなかった。
彼女が住んでいるAVANOSの街まで行って写真(5日目スイミング)を撮って来たりはしたけれども。

寿太郎
そうだったね。でもアイリン様のプロフェッショナリズムにはかなり感心させられました。イスラム文化の中では例外的に華やかな業界だし、しかも近年ツーリスティックになりすぎてしまってわりと骨抜き気味なのかと思ってたら、とんでもない。めちゃくちゃ高い意識の人でした。宗教的なこと含めて。

スガ
そうね。正直トルコのベリーダンサーって、もうかたちだけしか残っていないものだと思ってた。いちおう職業としてはダンサーだけど、今時のことにしか興味がないのが普通なのかと思ったら、彼女は本当に…

寿太郎
もう過去から未来へ続いていくベリーダンスの伝統の中に身を捧げちゃってる感じだった。

スガ
うん。トルコの伝統的な部分。イスラムだとか、スーフィズムとか、そういう精神的な部分をすごく大切にしている人だったね。

寿太郎
伝統を大切に受け取るだけでなく、それを次の世代に伝えていくことまできちんと考えていた。

スガ
たぶん今回トルコで出会った人の中で、いちばん宗教的なものの力を感じる人だったかな。あ、ジハンもイスラム独特の商人哲学みたいなものを持っていたけど。

寿太郎
そうだね。もっと単純に言うと、そもそもいちばん敬虔なムスリムだね。まあジハンは独自の哲学があるからね。ビロールもビロールで独自だったけど。

スガ
でもふたりともモスクに礼拝とかほとんど行かないって言うし、お酒は好きだしね。レッドバレーに心を鎮めに行くアイリン様とはえらいちがうよ。

寿太郎
そうそう。酒飲むんだよ、トルコの男どもは。もしかするとトルコって、女性だけ敬虔なんじゃなかろうか。ジハンもお母さんは敬虔だから実家で酒飲めないって言ってたし。

スガ
言ってた。「お母さんは本当に信じてる人だから」って。お前はどうなんだよとw

寿太郎
イスラムは正しいあり方を教えてくれるけれど、その通りにするかどうかは自由、とか言ってたね。ほんとかよ。それトルコだけじゃないのかよ、っていう。

スガ
あ、ちょっと来週の「空間と人」の話とかぶるかもしれないけど、国民的英雄のアタテュルクが酒好きだったから、みんな悪びれず酒飲むようになったんだ、みたいな話もあるみたいね。敬虔なムスリムの人たちはそれもあってアタテュルクが嫌いだと。

寿太郎
はいはい、俗世のヒーローのほうになびくというかね。そんなわけで、アジアの反対側の端っこのトルコもひとまず、次回「空間と人」でおしまいですね。

スガ
そうですね、また来週。


編集後記:退屈なしめくくり

アイリン様のレポート、いかがでしたか。今回はじめて、その土地の伝統的な職業についている方を取材しましたが、アフタートークですこし触れているように、なかなか難しかったというのが正直なところ。それでも、よりその「日常」に迫れるよう、これからもぐいぐいチャレンジしてまいりたいと思っています。

さて、セルビアを離れてからというもの、野菜少なめ、肉ぎっしりの食事つづきで、ややぐったりだったぼくですが、クラクフ到着初日。近所に、日本にあっても通ってしまいそうな美味しいお店を見つけて興奮。さらにここ数日、夜は寿太郎くんとパスタを茹でたりして、食生活の改善を目指しております。この調子だと、帰国する頃には料理の腕が上がっているかも、しれません。

スガタカシ