のんびりしたドイツの年末でも、もちろん公共交通機関はやっている。厳しい顔つきでけれども優しい、という車掌さんが多いイメージのドイツ鉄道(DB)。特急列車「ICE」は、近未来的なデザインなのに、それでいてゆったりと落ち着ける素敵な電車だ。ミュンヘンから、まずはオーストリア国境を超えたところのザルツブルグへ。ここは夏場の音楽祭で有名な街だ。それから一路、東のウィーンへ。ザルツブルグからウィーンへの車内は、閑散としている。ここオーストリアでもドイツと同じく、年末に忙しく動き回ったりなどはしないのだろう。映画「サウンド・オブ・ミュージック」*で見たのとそっくりそのまま同じような、陽気な音楽がよく似合いそうな美しい草原の中を、特急列車はびゅんびゅんと走る。やがて2012年最後の陽が暮れていく。日本ではそろそろ、除夜の鐘が鳴りはじめるころだろうか。
さて、けれどもたどり着いたウィーンの年越しは、静けさとはほど遠い。旧市街のそこらじゅうに屋台が出て、ソーセージやらシュニッツェル(オーストリア料理の、薄いトンカツのようなもの)やら、もちろんビールやホットワイン、ポンチ酒の類もも売っている。行きかう人びとは誰も彼も楽しそう。彼らの目的は、もちろん音楽。街のちょっとした広場のようなところには必ずステージが整えられていて、バンドが演奏をしていたり、ダンサーたちが踊っていたりする。クラシックのイメージの強いウィーンだけれど、決してそればかりではない。ありとあらゆる種類の音楽が流れていて、人びとは老いも若きも、ごく自然にそれらを楽しんでいる。やんちゃな感じの若いファンク・バンド(演奏技術はおそろしく高い)がEarth, Wind & Fire*を演奏していれば、かなり年配のおばちゃんが腰をふりふり歩いていく。あちらのステージで「Gangnam Style」*に合わせてダンサーたちが踊っていたかと思えば、こちらのステージでは当たり前のように古い民族音楽が流れている。
音楽の都・ウィーンのすごいところは、こんなところにあるのかもしれない。べつに誰も彼もが、肩肘張って仰々しくクラシックを嗜んでいるわけではない。音楽はどこかから聞こえてくるものではなくて、ごく当たり前に人びとの中を流れている。小さな川が大きな川に流れ込むように、人びとの中を流れる大きな音楽に、様々な音楽が流れ込んでいく。どの水がどこからやってきたのかはすぐにわからなくなってしまうけれど、そんなことは関係ない。ウィーンの人びとはとても自然体で音楽を楽しんでいるし、音楽を「消費」などきっとしていないのだろう。そんな空気を一緒になって楽しみながら、少しだけ彼らがうらやましくなる。
12時近くなると、王宮前広場にはますます人びとが増えて、盛大な花火とともに新年の訪れを祝う*。同時にどこからともなく流れはじめるのは、ヨハン・シュトラウスやモーツァルト。分厚いコートを着込んだ老夫婦も、シャンパン片手にほろ酔いの若いカップルも、手を取り合って踊りはじめる。翌朝ここの大スクリーンではウィーンフィルのニューイヤーコンサート*が中継されるのだけれど、その時間まで飲んで歌って踊り続ける人も、きっと中にはいるのだろう。
◆「サウンド・オブ・ミュージック」
同名のミュージカルを原作に、1965年映画化された。第二次大戦前夜、修道女のマリアが厳しい軍人の子どもたちに家庭教師をするなかで、音楽のすばらしさを伝えていく。草原でドレミの歌を歌うとこなんか、有名です。小学校の音楽の授業はひどかったけれど、この映画を見たことだけはよく覚えています。
◆ Earth, Wind & Fire
「September」などで有名な、ご存知老舗ファンク・バンド。ウィーンの街でこのとき流れていたのは、「Fantasy」でした。邦題は「宇宙のファンタジー」だけどなんだかちょっと意味ズレてます。でもこういう微妙にズレた邦題って、なんとなくいいですよね。
◆「Gangnam Style」
韓国人歌手PSYによる、去年から世界じゅうでやたらとヒットしている楽曲。彼が乗馬のようなスタイルで踊る姿も話題になって、youtubeで爆発的に再生された。日本ではあんまり流行っていないというけど、どうなのでしょう。中国、トルコ、ブルガリア、どこでも耳にしました。ちなみに韓国人によると、歌詞の内容自体は「本っ当にしょうもない」とのこと。
◆ 盛大な花火
ウィーンの年越しでひとつだけどうにかしてほしいのは、爆竹。花火はいいのだけれど、若者たちがそこらじゅうで爆竹に火をつけまくるものだから、うるさくて危なくて仕方がない。せっかく素敵な音楽があらゆる場所で流れているのに、とっても邪魔です。また打ち上げ花火を暴発させるマヌケなどもたまにいるから、街を歩くときには注意が必要。
◆ ウィーンフィルハーモニーのニューイヤーコンサート
説明無用の有名コンサート。ヨハン・シュトラウスをはじめ、様々な楽曲が演奏されるけれど、最後の「美しく青きドナウ」「ラデツキー行進曲」はお約束。世界中に中継され、日本でもNHKが放映しています。2002年には小澤征爾が指揮したことも。