スガ
噂のダハブ、ハエが多いよ。
寿太郎
蚊も多いね。
スガ
恋するダハブというけど、先人たちは虫にたかられながら恋していたんだね。頭がさがる思いです。なかなか根性すわってる。
寿太郎
ぬぁ〜にが恋するダハブだよ、ナメてんのか。こちとら虫にしかモテませんってんだよ。
スガ
でもカップルも多いけど、思ったよりほっとかれる感じなのは救いかもしれない。ひたすら虫にモテてると、みじめさを味わう暇もないという、ね。
寿太郎
みんな昼間はダイビング、夜はパーティーでしょうからね。我々なんぞに構ってる暇はありませんよ。
スガ
はい、というわけで今週はエルサレムのヨセフ。
寿太郎
旧市街のユダヤ人地区、わりと賑やかな一角だったね。
スガ
わりと賑やか…、といえばわりと賑やか。ユダヤ人地区のなかですごく人が集まっている一角のすぐ近くで。アメリカ人ツアー客がどどっとやってきたり、隣の店に兵隊が見張りに来たり。結局あの隣の店も、兵隊がなにしてたのかも謎だったけど。
寿太郎
そんなに常に人が多いというわけじゃないんだけど、やってきた観光客が必ず通る道にもなっているみたいで、ごみごみはしていないけれど人の流れは途切れないような感じがあったね。あの時期は東方教会のイースターにかぶっていたせいで、キリスト教系の人びとが多くやってきていて、それでちょっと覗いていくという感じのこともあった。
スガ
それでヨセフは忙しくて、なかなかつかまらなくて。彼の手が空くのを、合計4時間くらい待ったかもしれない。すごく暑かったからその間に、むだに600円くらいの、やたら高いアイスコーヒー…というかコーヒースムージーみたいなのを飲んだりして。ま、うまかったんだけど。
寿太郎
プラスチックのカップに入ったパピコみたいなもんですね、パピコ。まあうまかったけど、あまりにも高すぎる。イスラエルにしたって高かったな。アラブ人地区とかに比べて、ユダヤ人地区はいっそう高かった印象があるね。
スガ
ユダヤ人地区は高かった。その分味もこう、資本主義的に清潔で、洗練されていたのが逆に、懐かしさを感じたり。で、ヨセフの店で作っているユダヤ教の衣装もそれに通じるところがあって、伝統的なものではあるけど一方で、かなり洗練されていて。ファーティマの手とか、なかなかかわいかったと思う。
寿太郎
脚注にも書いたけれど、あれはユダヤ社会ではミリアムの手とか表現するんだよね。確かにかなりモダンなデザインのものは多かった。単純にデザイン的な意味でいうと、イスラムのものよりシンプルなのが多くて、個人的にはこちらのほうが好みだった。
スガ
伝統的なものを都会的・現代的なセンスで表現する、というのはどこの文化でもあることだけど、ヨセフの店においてあるものは、そういう意味で成功している感じ。イスラムでも、以前イスタンブール近代美術館のミュージアムショップに行ったら、ふつうの土産物屋とちがう、かなりおしゃれなグッズが置いてあったけど、それに近い。
寿太郎
なるほど。ヨセフのとこは洗練された感じだった。なかなかユダヤの場合、伝統的なものを伝統的な、ある意味やぼったい感じのままやってるところには触れにくいけど、そういうとことも比較できると良かったね。イスラエルのもっと田舎のほうなどに行けばあるんだろうか。あるいは別の国のほうが見つかりやすいのかな。たとえばポーランドのクラクフでユダヤ人街などを見る時間がなかったのは、ちょっと悔やまれるね。
スガ
あぁそうだ。クラクフにもユダヤ人街はあったのに、結局行けなかった。
プロダクト面じゃなく、人としてみても、ユダヤ人といっても出自も主張も実はかなりいろいろで、ヨセフの店だけでも、ヨセフ自身と、髭の彼と、元サーカスの青年、だいぶキャラクターがちがったからね。
寿太郎
全然違うよね。ユダヤ人という定義がそもそも難しいし、「ユダヤ人」「ユダヤ教徒」「イスラエル人」それぞれ全然違う。事実上「ユダヤ人」という言葉でくくられる集団は存在しないのじゃないかというほど。本文ではひとまず便宜的な言葉の使い方をしたけれど、まあ複雑な話です。
スガ
そうそう、だからぼくはヨセフの店を指して「ユダヤ人の商売上手」と言うのも、ちょっと酷なんじゃないか、と思ったんだけどw
寿太郎
それはいわばステロタイプだからね。別にそれに乗っかるつもりはないけれど、ただ、そういうステロタイプがどういうふうに成立したのかを考えると、こういう抜け目ない気質は昔からあったんじゃないか、という風にも思ったということ。べつに商売上手なこと自体は悪いことじゃないですからね。『ヴェニスの商人』的なニュアンスで言ってるわけではないし。
スガ
それはそうなんだけど、じっさい取材を経て、それをユダヤ人と結びつけて語れるのか、ということね。ぼくは別にあんまり、そういうふうには思わなかった。記事ではもうずいぶん抑えてもらったけど、今回は物価の高さと、攻撃的な物言いをする髭の彼のお陰で、寿太郎くんの心象が悪くて悪くて。
寿太郎
ヨセフの商売に対する姿勢は、べつにまったく心象が悪いことはなくて、フラットに書いたつもりではあるけれど。ただ髭の彼はほんとうに、正直言って、酷かったね。傲慢で狭量で視野が狭く幼稚で卑劣だった。たまたまああいう人にばかり会ってしまうと、ユダヤ人に対して偏見を抱いてしまう人もいるのかも。まあどんな集団の中にもそんな人はいるわけだけれどね。
ただ、なんでユダヤ人の姿勢みたいなことと引きつけて考えたかというと、髭の彼が宗教的なことがらを隠れ蓑にして、傲慢な態度や選民思想的な偏見を正当化しているように感じたから、ということ。たとえばヨセフの敬虔な信仰そのものについて批判するような気持ちは、まったくないです。
スガ
まぁ、髭の彼が狭量な物言いであったのはたしかだからね。彼に対して腹を立てるのはしかたがないとも思うんだけど、結局それが、多少なりとも彼だけでなくヨセフの店全体の書き方に影響したな、と思うんですよ。ぼくはああいう時も、こういう人もいるよな、で終わってしまうので、きみが腹を立てるのにどうも乗れないというのもあるんだけど。
寿太郎
そこは感じ方の違いだよね。僕が腹立ったのは2点あって、1点は品物の高さについて、「ここは聖地だから高くて当然」という態度。物価高は神もなにも関係なくて、イスラエル政府の誤った政策によるものじゃないですか。こいつアホか、という。そしてハンドメイドだから高価なのは当然だけど、それについてハンドメイドの素晴らしさをイスタンブルのジハンみたいに真っ直ぐに語るなら理解できるんですよ。ただ彼は全部「神」を隠れ蓑にして居直っているだけだし、正直罰当たりじゃないかとさえ思う。
それから2点目は、イスラムの人びとに批判的なことを言うときに、我々日本人に対して「お前らもイスラムを下に見るのであれば、こっち側に入れてやるぞ」的なニュアンスがあったこと。これはもう幼稚きわまりないし、呆れました。
で、まあそんな男を雇って店に出してるわけだから、ヨセフ自身は真面目ないい男だけれど、責任はあるよねという気はします。正直なところ。
スガ
なるほどね。そう言われると腹の立たないぼくのほうがむしろおかしいんじゃないかという気もしてくるんだけど。でも世界の人って、まぁ日本だってそうだけど、そんなに良識派ばかりじゃないだろう、ということは思うんですよ。で、相手が非常識でバカみたいなことを言ってたとしても、そこにはそういうことを言うようになったなんらかの理屈とか論理があるはずで、そこに純粋に興味がある、というのがぼくの姿勢なので。まぁ感じ方というか姿勢の違いというのかな。それがここまで浮き彫りになったのはじめてかもしれない。
寿太郎
いや、スガくんの見方のほうがプロジェクト的に正しいと思いますよ。通常はもうちょっと冷静に見られるんですけどね。まあこのあたりの偏狭な民族意識に対する嫌悪感みたいなものは、ちょっと僕個人のことがらに密接にかかわってくるとこがなくもないので、説明が難しいです。またもっと明快に語れる機会があればいいのだけど。
ところで、今回書いた内容自体についてはいろいろ考慮しながらも率直に書いたわけで、アンフェアだとは思わないけれど、全体としてはもっとまともに腰を据えて話をしてくれるユダヤ人を探せればよかったなと思います。次週出てくるパレスチナ人とのバランスの上でも。そのあたりを全体的に見るとややアンフェアだったかもしれません。ここは反省すべき点かなと思います。時間的制約があるにしてもね。
スガ
まぁそうね。たしかにヨセフとはなにしろ、まともに話せる時間が短すぎた、というのはある。世界中に散らばっているユダヤ人に、また取材できる機会があればいいんだけど。
寿太郎
はい。……で、今週のおたよりコーナーですけれど。
スガ
あっ…もう4時。日本は23時ですよ。もう今週はおたよりおやすみ。配信しないと!
寿太郎
そうですね、また来週。