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こんばんは。退屈ロケットのスガタカシです。今週、東京あたりでは桜が満開のようで、ぼくのFacebookにも桜の写真や楽しげな酒宴の写真がじゃぶじゃぶ流れてきて大賑わい。みなさまいかがおすごしでしょうか。今週は退屈ロケットもサハラ砂漠で砂にまみれたりトドラ渓谷で絶壁に囲まれたり。春ですねぇ。

さて、今週のBiotope Journalはスペインの首都・マドリードから、オランジーナ・シュウェップスにつとめるアルベルトをレポート。大企業のビジネスマンである彼自身も、そしてそのくらしも、一見すると、日本人のぼくたちの感覚からしてもずいぶん「ふつう」に近いよう。でも話を聞いていくと、みえている景色がぜんぜんちがう…というのが彼との出会いでした。そのうえサッカーチーム、アトレティコ・マドリーのサポーターである彼はふつうのくらしにおけるサッカーの大切さも、見せてくれた気がします。

それでは今週もどうぞ
、お楽しみください!

Biotope Journal リポート #022|アルベルト

> Web "Biotope Journal" アルベルト編 マドリード 太陽の国、日常のファンタジスタ

マドリード*。長い歴史を持つスペインの首都にして、経済においても政治においても、その中心地だ。道路には多くの車がひしめき、地下には地下鉄が張りめぐらされる。スペイン人のみならず、様々な人種の人びとが行き交う街。街はある場所では歴史的な側面を見せ、ある場所では洗練された現代的な側面を見せ、そしてまた別の場所では混沌としたまとまりのなさを見せてくれる。大都市らしい大都市だ。

こんな街では、伝手を頼ることがそう難しくない。在住している知人に連絡を取り、幸いにも紹介してもらうことができたのがアルベルトだ。マドリードで生まれ、バレンシア*に育ち、そして現在は再びマドリードの住人となった彼は、大企業で働く会社員だ。特に突飛な活動をしているわけではない。たとえばアーティストでもないし、ミュージシャンでもない。家族を大切にし、サッカーを愛する、そういう意味では平均的なスペイン人だ。

でも僕らは、平均的なスペイン人という存在が仮にあるとして、その存在についてどれほどのことを知っているだろう。アルベルトと話すと、実際にはほとんど何も知らなかったのだということを実感させられる。特別ユニークなエピソードがぽんぽんと出てくるわけではない。けれども彼は、鋭い知性と真摯なあたたかさで、ひとつひとつの質問について、理由をつけてきちんと答えてくれる。それらは少しずつ、「スペイン人」に対する僕らの漠然としたステレオタイプと、実際の彼らのリアルな日常を繋ぎ合わせてくれた。

この家に落ち着くまで

マドリード中心地から、メトロ*で20分かかるかどうか。地上に上るとアルベルトが待っていてくれた。愛車のフォルクスワーゲンで、自宅まで連れていってくれる。とはいえ、マンションはごく近くにあって、徒歩でも問題なくたどり着ける。ただ、雨が降っているからと、彼はわざわざ車を出してくれたのだった。

それはもちろん彼の親切さの表れだけれど、それと同時に、普段の生活ではなかなか車を運転する機会を持てないのではないか、という気がする。彼は、通勤には車を使わず、メトロを利用する。というのも、ここマドリードの交通渋滞は、それはそれは酷いものだからだ。仮に渋滞がなければ、オフィスまでは車で10分の距離。でも渋滞のときには60分を超えてしまう。そんな思いをして車に乗るぐらいなら、便利な公共交通を使うほうがはるかにいい。マドリードではあらゆる場所にメトロが張りめぐらされていて、だいたいどこの駅でも5分も待てば電車がやってくるのだ。

30歳ぐらいまでの若者にとって、この大都会でポピュラーなのはシェアハウスに住むことだ。彼もまた、学生だった5年半前にバレンシアから移ってきたときには、シェアハウスで暮らした。家賃も節約できるし、シェアメイトたちと知り合えるから人間関係も広がる。その頃の彼はとても身軽で、身のまわりのものは大きな鞄ひとつに納めてしまえるほどだった。だから彼はしばしば、まるで旅人のように、ひょいひょいと住むシェアハウスを変えた。マドリードの様々な場所に住んだ。面白い場所だ。地区によって、まったく雰囲気が異なっている。

2年前、ちょうど30歳になる頃に、彼はひとり暮らしを始めた。社会人になって多くのことが変わったのだ。忙しい日々の中で、常に多くの人びとと繋がりを持って暮らすことよりも、仕事のあとに一人でリラックスして過ごすことのほうが大切になった。働き始めたことでお金にも余裕ができていたから、彼はひとり暮らしを始めた。一度引越しをしたあと、2軒目の家が、この1LDKの小奇麗な部屋だ。敷地内には、入居者用のテニスコートまであって、なかなか快適そうに見える。

スペイン人のハーフ・アンド・ハーフ

アルベルトは自分のことを、「ハーフ・アンド・ハーフ」だと言う。出身も今住んでいるのもマドリードだけど、多感な少年時代から青年時代にかけてを丸ごと過ごしたのはバレンシア。そういう意味での「半々」だ。彼の一族は皆マドリードの人なのだけど、お父さんの仕事の都合で、両親と彼と弟だけがバレンシアに暮らしていたのだ。

半々と言っても同じスペインじゃないか、と思われるかもしれない。でも、スペインは地域によって、その性質がまったく異なることも多い。北部なのか、それとも南部なのか。海沿いなのか、内陸部なのか。人びとはもちろんスペインという国に愛着を持っているけれど、それと同時に、自分の地域に対しても同じく強い愛着を持っているようだ。

彼は、マドリードとバレンシアの違いを説明してくれる。マドリードの特徴は、なんといっても大都会であるということだ。それを表すのは、たとえばマドリード出身者を探すのが難しい、という奇妙な状況。つまり、スペインの中の別の地域から、あるいはスペインの外の別の国から移り住んできた人が非常に多いのだ。このあたりの状況は、やや東京と似ている部分がある。それから、ここではあらゆる物事のスピードが速い。街に出ればあらゆる場所に広告が溢れているし、何でも買い揃えることができる。人びとは忙しそうに歩いている*。

一方でバレンシアは、それほどせかせかしているわけではない。バレンシアだって多くの人口を抱える都市だから、ド田舎というほどのことはまったくないけれど、でも皆マドリードに比べて遥かにオープンマインドだし、のんびりと時間が流れている。暮らしている人のほとんどは、バレンシア出身者だ。

今、スペインの経済状況は芳しくない。もちろん世界じゅうの国を見渡せば、真に経済状況がいい国などというのを見つけるのは難しい。でもそれにもまして、スペインの状況はよくないのだ。この話になると、アルベルトは慎重に言葉を選びながら、丁寧にその込み入った事情を説明してくれる。この状況の背景には、単にリーマン・ショックだけがあるのではない。EU圏内ではスペインの経済力が相対的に劣るということ、その中でバブルが起こりそれが弾けたということ。様々な問題が折り重なり、ほとんどクライシスとも呼べるような状況になってしまった。

いちばんの問題は失業率だと彼は言う。多くの若者が職を見つけることに失敗し、学生としての期間を引き延ばしながら順番待ちをしている。そうした理由から、28歳や29歳で学生を続けているという例もざらだ。

状況が良くなるためにはかなり時間が必要だろう、というのが彼の分析だ。スペインの問題はきちんとした経済や真に強い技術を持っていないことだ、という彼の指摘は、辛辣だが的を射ている。

三度の飯よりシエスタよりも、サッカーを

スペインを、スペインの人びとを語るときに欠かせないのがサッカーだ。なにしろ、ゲームのある日に街を歩けば、時折あちらこちらから大きな歓声が聞こえてくる(得点が入ったのだろう)ほどだ。ということは、もちろん、これはアルベルトを語るのにも欠かせない。彼は、熱狂的なことで有名なアトレティコ・マドリー*のサポーターだ。ということはもちろん、レアル・マドリー*なんて名前も聞きたくない、ということになる。

だいたい、同じ都市に同一リーグのふたつのスポーツ・チームが存在するときに、それらが仲良しこよしでやっていくということは起こり得ない。マンチェスター・シティのサポーターで、マンチェスター・ユナイテッドを好意的に見る者はいないだろう*。シカゴ・カブスとシカゴ・ホワイトソックスのファン同士が折り合っていけるはずもない*。読売ジャイアンツに好意的なヤクルトスワローズのファンを見つけるのは至難の業だ*。それと同じだ。

ここマドリードでは、ざっくりと分けると、上流階級に属する、あるいはそれに近いような層の人びとにレアルのサポーターが多くて、いわゆる労働者階級のような人びとにアトレティコのサポーターが多い、というようなことが言われる。それが統計的にどれほど有意なのかはわからないけれど、立派な学歴を持ち大企業に勤めるアルベルトは、それにもかかわらず、レアルでなくあくまでアトレティコを応援するのだ。でももちろん、マジョリティはレアルの側だ。なにしろマドリードどころか、スペインどころか、世界じゅうにファンがいるようなビッグ・クラブ。アトレティコ・サポーターの対抗意識はいっそう高まっていることだろう。

アルベルトは会社のサッカーチームにも所属していて、自ら趣味でプレーもする。ポジションをたずねると、「イニエスタ*のところだよ」と笑う。イニエスタはストライカーではない。司令塔としてゲームをコントロールし、ストライカーに絶妙なパスを渡してゴールを演出する。もしもイニエスタがいなかったなら、メッシ*はどれだけ得点数を減らすことになるだろう。アトレティコではなくバルサ*の選手だけど、そんなイニエスタが彼のお気に入りだ。
そういう嗜好を見ていると、ホームでの試合には毎週駆けつけるという彼が、どんな態度で観戦するのかというのは非常に気になるところだ。冷静に戦況を見つめるのか。それとも、穏やかな物腰がうって変わってエキサイトするのか。一緒にスタジアムに着いて行って観戦することができなかったのは、心残りといえば心残りだ。

それでも明るいスペイン

アルベルトは海外経験が豊富だ。ヨーロッパ圏内の手近な国はほとんど訪れたことがあるし、アメリカやメキシコ、そして地理的には近所のモロッコも訪れた。オランダのアムステルダムに留学もしていた。それに、彼のオフィスには様々な国籍の人が働いている。フランス、ポルトガル、スペイン、メキシコ、モロッコ、それに日本。マドリードにも移民は多くて、ラテンアメリカはもちろん、フランスや中国などからやってきた様々な人が暮らしている。彼はそんな状況が好きだ。どんどん世の中がインターナショナルになっていけばいい、と彼は思っている。

彼が次に訪れようと考えているのは、アメリカやペルーだ。日本にも興味はあるけれど、遠いうえに言語の問題があるからなかなか難しい。でも、いつかは訪れたいと考えている。

彼が暮らしているこの地域は、移民の多い地域だ。だから周囲の店では、割と気軽に違う国の食材を手に入れることができる。食べたこともないものを試してみることが、彼は好きだ。

インタビューの日はあいにくの天気だったのだけど、晴れた日には近所の人びとは皆外に出てきて、通りはにぎやかになる。スペインの人びとのオープンな性質の理由は天気にあるのではないか、というのが彼の意見だ。太陽の国の、太陽のように明るい人びと。確かにそうなのかもしれない。たとえ経済が落ち込んでいても、サッカーに熱中すれば、嫌なことは全部忘れてしまうことができる。スペイン人だけでなく、移民の人びとも、そんな風土に影響されて、自然とオープンな性格になっていくのだろう。

家の周辺のお気に入りの道を歩きながら、「ここがトルコ人の店、ここは中国人の店。このビルでは若者がよくバンドの練習をしているんだ」と彼は説明してくれる。日常に異質なものが混ざり合って、やがて溶け込んでいく。そんな様子が、彼は好きなのかもしれない。

そういえば、この地域にはもうひとついいことがある。なんといっても、アトレティコ・マドリーのスタジアムにとても近いのだ。ここに住んでいる一番の理由はそれなんじゃないの、とたずねると、彼は否定していたけれど。

文・金沢寿太郎

今週の参照リスト

《アルベルト プロフィール》

 
名前 Alberto López Canales
国籍 スペイン
年齢 32
職業 ビジネスマン(飲料メーカーのブランドマネジャー)
出身地 マドリード(バレンシア育ち)
在住地 マドリード
ここは何年前から? 1年前から
家族、恋人 恋人は今いない 両親と弟がバレンシア
好きな食べ物 パエリア、パスタ、日本やメキシコなど外国の料理
自由な時間の過ごし方 映画、小旅行、サッカー観戦、たまにシエスタ
好きな映画/監督、音楽/ミュージシャン、小説/作家 Club Atlético de Madrid アトレティコ・マドリー(サッカーチーム)
『 As Good as It Gets(恋愛小説家)』(映画作品) Pedro Almodóvar(映画監督)
Joaquin Sabina(ミュージシャン)スペインのローカルポップ

《脚注》
◆マドリード
スペインの首都であり第一の都市。はるか古代から人々が暮らし、ローマによる支配の時代を経て、イベリア半島随一の都市として歩んできた。スペイン内戦では市内が戦場と化した歴史もある。現在の人口は500万人を超える。

◆バレンシア
スペイン東部、地中海に面する温暖な気候の地方都市。人口は百万人を超える。火祭りや、パエリアの発祥地として有名。とはいえ、パエリアはマドリードでもよく食べられるし、地元の人向け・観光客向けを問わずレストランでは頻繁に見かける。

◆マドリードの地下鉄
12路線と1支線が市内全域と近郊に渡って張りめぐらされ、かなりの頻度で往来している。車体は基本的に小ぶりで、日本の地下鉄より一回りか二回りほども小さい。地下鉄にしてはカーブが多いのだが、このことが原因になっているのかもしれない。

◆人びとの歩くスピード
マドリードはせかせかしているというけれど、それでも東京や大阪などの日本人に比べれば実は遥かにのんびりしている。在住日本人によれば、人の歩く速度が遅くてイライラすることもしばしばだとか。

◆アトレティコ・マドリー
マドリードを本拠地とする、リーガ・エスパニョーラに属するクラブチーム。20世紀初頭に創設された歴史あるチームで、伝統的にレアル・マドリーとはライバル関係にある。この両チームの対戦はマドリード・ダービーと呼ばれ、街は熱狂的に盛り上がる。なお次のダービーはスペイン国王杯の決勝戦で、5月17日に行われる。

◆レアル・マドリー
こちらも19世紀末から20世紀初頭にかけて創成した歴史あるチーム。特に2000年代に入ってから後は、その豊富な資金力を生かして次々にビッグネームを獲得し、ロス・ガラクティコス(銀河系軍団)とも呼ばれる。アトレティコとのダービーでは、ここ14年間負けていない。

◆マンCとマンU
イングランド・プレミアリーグに属する、マンチェスターを本拠地とするクラブチーム。もちろんファン同士は仲が悪い。そういえばアルベルトはロックバンドのオアシス(解散)が好きだと言っていたけれど、オアシスのノエル・ギャラガーは熱狂的なマンCファンとして有名。しばしばマンUに対して痛烈な発言を繰り出している。

◆カブスとホワイトソックス
アメリカ・メジャーリーグの、シカゴに本拠地を置くチーム。バラク・オバマ大統領はホワイトソックスのファンとして有名だが、政治家としてはカブス・ファンの支持を取りつけるために色々苦心をすることもあるようだ。ちなみに2008年の大統領選で対立したヒラリー・クリントンはカブスのファンだった。

◆読売ジャイアンツとヤクルトスワローズ
どうでもいい話だが、筆者は物心ついた頃からの巨人ファンなのだけど、スワローズファンなのに巨人が別に嫌いじゃないというなかなか珍しい友人がいる。もちろん彼は例外中の例外といえる。神宮球場のライトスタンドでいつも、傘を掲げたスワローズファンたちが「くたばれ読売」と大合唱しているのは有名。

◆FCバルセロナ、イニエスタ、メッシ
バルサの愛称で親しまれるFCバルセロナは、レアル等と並ぶ世界最高のビッグ・クラブのひとつ。日本ではレアルよりバルサのサポーターのほうが多いような気がする(体感)。所属するアルゼンチン代表のリオネル・メッシは何年にも渡って活躍を続け、バロンドールを4年連続4度受賞(史上初)している。その背景には、メッシ自身のタレントはもちろん、チームメイトであるアンドレス・イニエスタらの的確なアシストも大きい。

旅日記【ロケットの窓際】022 どこでもないベルリン

 ベルリン東駅は、かつて東西を分けた壁の跡を目の前にしている。駅の側が旧東側にあたる。綺麗な構内には整然と飲食店が並ぶ。ファストフードの代表であるケバブ屋さえ、その概観はどこか少しお洒落だ。マクドナルドもある。窓から壁が見えそうな、旧東側のマクドナルド。ほんの四半世紀前、ここはどんな風だったのだろう、と考えてみる。


 陽も沈みかける頃に、ライプツィヒへと向かうことにする。ドイツの鉄道は、特急でないローカル線ならば比較的安価に利用することができる。そしてライプツィヒは、この時間からローカル線を乗り継いでもその日に辿り着けるほどの距離にある。ベルリンを除けば、旧東側で最大の都市だ。

 初めての街に降り立って最初にすべきことは、その街の規模やおおよその造りを把握することだ。街の中心はどこか、目抜き通りはどこで、あるいは中央広場はどこなのか。どこが旧市街で、どこが新市街なのか。

 これは、グーグルマップを眺めるだけでできることではない。実際に街並みを眺め、ある程度歩いてみて初めて、体にそれを染み渡らせることができる。そうなってしまえば、ある程度の勘も働いて、目的地に向かってそこまで迷うこともなく辿り着くことができる。

 ドイツでそれをするのは、そう難しいことではない。まず覚えておくべきは、どこの街にもある中央駅は街の中央にあるのではないということ。多くの場合、これは街の中というよりも入り口にある。ここから近郊列車や地下鉄、トラムといったものに乗って、街の中へと入っていくのだ。

 だいたいにおいて、旧市街は大きな教会を中心にまとまっている。なんとかベルクという街の場合は城下町がそれにあたる。何にせよ、ともかくドイツの街は難易度が低い場合が多いのだが。

 しかしこのライプツィヒで目的の宿を見つけるのは、なかなか骨の折れる作業だった。宿から送られてきた道案内の文章が、どう考えても間違っているのだ。行っては戻りを繰り返し、駅から徒歩十五分以内のところを一時間以上もかけて、ようやく辿り着く。古い町並みの奥まった建物の中には、おそろしく清潔なホステルがあった。結局ここには一週間以上も逗留し、二つのインタビューを行うことになった。

 インタビューでは、出版文化の街としてのライプツィヒに比較的強く光を当てることになった。でもこの街の別の側面としては、音楽の街というところがある。旧市街にそびえる立派な教会には、あのバッハが葬られている。そしてその功績を広く知らしめ、あらゆる側面から音楽文化に貢献したメンデルスゾーンも、この街にゆかりが深い。彼は特に音楽教育の確立に力を注いだ。だから今も、街では音楽教室の看板なんかをよく見かけることができる。でも、楽器を担いで歩いている子どもや若者はそれほど見かけない。もしかすると、ピアノなどの持ち歩けない楽器を習う人が多いのかもしれない。そういう意味でウィーンとは異なっている。あの街ではどこでも、ヴァイオリンだとかの弦楽器のケースを持ち歩いている人が見られた。


 ライプツィヒの街が僕を混乱させるのは、この街が発展しているのか寂れていっているのかがよくわからないという点だ。街ではいたるところで工事が行われているのだけど、これがポジティブな意味のものなのかネガティブな意味のものなのかがいまいち判断しにくいのだ。

 確かに、この街から人やモノがどんどん流出してしまって、街そのものが縮小傾向にあるということは、色々な記事で目にしたことがある。大雑把にくくってしまえば、旧東側のあらゆる地域についていえることだけれど、東西の統一以降何もかもが西側へ移動してしまったのだ。急速にそれが起こるものだから、街はどうしてもスカスカになってしまう。

 でも、その間隙に焦点を定める人もいる。間隙は、また新たなものが流れ込む可能性にもなり得るのだ。目抜き通りには最新のブランドショップが立ち並んでいるし、駅の近くの大型ショッピングモールにはあらゆるタイプの店舗が揃っている。スーパーマーケットまでもが洒落ている。小奇麗で大きなスーパーには、どこかしら人をわくわくさせるものがある。それは自炊の意欲にもつながって、僕らはトマトやオリーブを買い込んではパスタソースを作り、夜な夜な自画自賛しながらパスタを頬張っていた。


 次の目的地はデュッセルドルフ。オランダに向かう途中の、短い滞在だ。この街にはヨーロッパ最大の日本人コミュニティがある。日本食にありつくこともできるだろう、などと考えながら、また気長なローカル線での移動だ。半日がかりで、おおよそ二時間おきに三度も乗り換え、ドイツを横断するのだ。

 乗換駅は大きめの街という場合もあるけれど、何もないような田舎駅というケースもけっこう多い。何もない駅のホームで十五分だか二十分次の電車を待つというこの時間が、僕はけっこう好きだ。ドイツの田舎の暗闇には、よく説明のつかない奇妙な温かみが感じられるのだ。あるいはそれは、子どものころに触れたドイツの児童文学の記憶と結びついているのかもしれない。そのときには恐ろしく思いながら読んだはずなのに、記憶となってしまえば途端にそれは体温に近いような温度を持ち始めるのが不思議だ。どれだけわくわくしながらページをめくったことだろう、なんていうことを、ぼんやりと思い出してみる。

 やがて闇の向こうから次の列車がやってくる。闇を切り裂く光が僕を大人に引き戻す。重い荷物を持ち上げ、二等座席に乗り込む。

アフタートーク【ロケット逆噴射】022

スガ
朝だよ。メーメー鳴いてるよ。

寿太郎
ヤギの鳴き声はなんでこうも絶妙にマヌケなんでしょうね。

スガ
あそこにいるのは羊じゃなかった?

寿太郎
羊ってメーメー鳴くんでしたっけ。よくわからなくなってきた。

スガ
ヤギはメーメー。羊は…やっぱりメーメー。
このへんは羊とかヤギとかラクダとか、人を小馬鹿にしたような顔した動物がたくさんいるよね。
家畜にバカにされる人間たち。

寿太郎
表情だとか鳴き声だとか、とにかく全身全霊で小馬鹿にしてくるね。こうも寝不足な朝にはまったく癇に障る。まったく、こんなにいい景色だというのに。

スガ
でも彼らは別に寿太郎くんを小馬鹿にしてるわけじゃなくて、なにかこう、世の中とか宇宙とかにメーメー言っているのかもしれないよ。彼らの姿勢を見習っていきたいです。表情も人を小馬鹿にしたようでいて、それでいて深淵なかんじ。

寿太郎
まあどうでもいいです。それにしても凄い景色ですね、ここは。

スガ
ここ、目の前崖だからねえ。絶壁がそびえてる。

寿太郎
モロッコの内陸部、トドラ渓谷という、赤い崖が凄い勢いで切り立っている場所に来ております。けっこう緑も豊かで、小川のせせらぎは綺麗だし、観光地として有名な割にのどかでいいところですね。

スガ
鳥がチュンチュン、羊がメーメー。天気もいいし、のどかでさわやかな朝ですよ。
気温的には日本とそれほど変わらないし、一気に春がきた感じ。

寿太郎
モロッコは緯度的にちょうど日本と同じぐらいなんですよね。ようやくここまで南に下ってきた、という感じだ。いい季節ですね。もっとも、桜は咲いていないけど。

スガ
桜といえば、そういえばぼくはマドリードで見かけたんだよね。マドリードもわりと暖かかったから。
で、今週はそのマドリードのアルベルトだけど。

寿太郎
はい。実にまったく常識的な人物でした。

スガ
とくにキャラの濃い感じではなく、ふつうにとても感じのいい人で。
なんというかこう、それこそ会社の同じ部署にいたら仲良くやれそうな感じ。さりげなく仕事もできそう。

寿太郎
物腰が穏やかで、知性を感じる感じの人ですね。実際、話し方もすごく論理的で、言ってることもわかりやすかった。いろんなことに対して自分なりのしっかりした見解を持ってるから、普通の話をしてても内容が濃く感じました。

スガ
今まで取材させてもらった男性陣は突っ込みどころだらけの人が多かったからね。ビロールとかジハンとかトトさんとか。

寿太郎
うん。まあアルベルトも長く付き合えばそういう部分はあるのだろうけど、なんというか、社会人的まっとうさという意味ではかなり日本人の感覚に近い人だったね。

スガ
そうそう。アルベルトを紹介してくれた友だちが、じっさい彼と同じ部署で向かいのデスクで働いていたんだけど、彼女によると昼休みにクイズ大会をして遊んだとか、ネットのくだらない動画が大好きだとか。付き合いが深くなるともっといろんな顔がみえてくれるのかもしれない。
だからまぁ本当は、一緒にサッカーくらい観に行きたかったというのはあるけどね。

寿太郎
そうですね。ウェブでもメルマガ本文でも書いたけれど、彼がどんな態度でサッカー観戦をするのかというのは本当に気になる。熱狂して絶叫しているような様子はとても想像できないからね。

スガ
うん。サッカー好きと聞いてたから、彼と会う前は、サッカー狂すぎてまともに話がつうじないレベル、みたいなのも覚悟してたんだけどね。まったく良識派でむしろびっくりした。偏見でしたすみませんという。

寿太郎
それは酷い偏見だ。べつにスポーツファンみんながフーリガンみたいなわけじゃないんだからw まあでも、「俺はレアルの話になると腹が立ってくるから」みたいなことはわりとマジともジョークともつかない言い方してました。面白かった。

スガ
ああそうかそんな話してたのか。 ぼくはその時写真撮ってていなかったのかな。アルベルトでもそう言われるとおっかないw
もちろんみんながフーリガンなわけはないんだけど、街でサッカー好きな人たちの様子みてると、やっぱりかなり熱を感じるからね。

寿太郎
うん。また彼にはお会いしたいものだね。というわけで、先週お休みだった質問コーナーにいきましょうか。

スガ
はい。先週はきみの体調がやばかったからね。ちょっとお休みさせて頂きましたけれども。
今週は、神奈川県在住の鬱屈トレインさんよりエアメールをいただいております。

寿太郎
ヤバそうな名前ですね。乗りたくないなその電車は。

スガ
やたら急カーブ、急停車が多そう。ヤバいね。質問は
「ぼくは昔インドに行ったとき、熱を出して3日間寝込みました。半年も旅を続けていると、体調を壊して寝こんだりしないのでしょうか。今のところいちおう毎週メールマガジンが届いていますが、ふたりが寝こんだらメールマガジンも届かないのではと心配です」
ということです。タイムリーに体調の話ですよ。

寿太郎
最後の一文とか特に捏造の匂いがプンプンしますけどね。まあそれはともかく、体調の話。

スガ
この人は僕たちの体調よりメールマガジンが届かないのを心配してくれてるんだよね。うれしいなぁ。

寿太郎
小規模に体調崩すことはけっこうありますよね。暑くなったり寒くなったりするし、あんまり落ち着いて寝られないことも多いから。まあでも、本格的に寝込むほどのことは先週が初めてだったかな。

スガ
季節の移り変わりに加えてあちこち移動してるからね。場合によっては急に暑くなったり寒くなったりする。でもたしかに、そのわりに本格的に寝こんだりはあんまりしてないという。
寿太郎くんの小規模な体調不良…というか精神不良はもういつものことだしね。

寿太郎
まあストレスの原因が誰にあるかという話ですけどね。結構なことだ。

スガ
あれw

寿太郎
そうだ、それはともかく、予防接種とかのことはありますね。日本出る前には何本も注射打ってわりと大変だった。

スガ
そんなのあったね。1週間おきとか2週間おきとかに高価な注射をポンポン打ってた。あれ、総額いくらくらいでしたっけ。

寿太郎
狂犬病に肝炎、その他もろもろ。4万は優に超えてたと思いますよ。日本でも病院によって違うし、海外で打てば安く上がるケースなんかもあるから一般化はできないけどね。しかし君はそう過去のことみたいに言ってるけど、これからまた予防接種受けないといけないんですからね。

スガ
もうひとつ残ってるのがあった。黄熱病でしたっけ。

寿太郎
黄熱病。これを受けないと入国できない国があるレベルです。あとアフリカではマラリアが怖いけれど、これは予防接種みたいな話はないので、薬でどうにかするしかない。

スガ
なんかマラリアの予防薬は悪夢を見るとかいう話があるけどw

寿太郎
あります。副作用が非常に強い。怖いとこだけど、死ぬよりマシですからね。エジプトあたりから本格的にきちんと考えないといけない。

スガ
そうか。寿太郎くんは悪夢とか似合うよね。悪夢にうなされて日に日にゲッソリしていく様子が目に浮かぶ。ヤバいなぁw

寿太郎
楽しそうだな。結構なことだ。
あと本当に入院するハメになったときなんかのために、海外旅行保険にがっつり入っていたりしますね。まあでも、この話はまた別の機会にということでいいかな。

スガ
あの、どうでもいい話なんだけどさ。昔まんが「日本の歴史」ってのが家にあって。21冊セットくらいで旧石器時代から現代まであるやつ。

寿太郎
なんだ突然。俺も持ってた気がする。

スガ
第二次大戦中の様子を描いたシーンで、東南アジアに出兵した日本兵が「マラリアでもうダメだ!」と言ってこと切れるシーンがやたらと印象に残っていて。
マラリアというとそればかり思い出します。

寿太郎
断末魔のセリフなのにやたら説明的だな。

スガ
そうそう。今考えるとすごく説明的なんだけど、当時は小学生低学年だったからたぶんマラリアの意味が分からなくて。なにか分からないけど、とにかく兵隊さんが「マラリアでもうダメだ!」と言って死んでいく。これはマラリアというのは相当ヤバいものだぞ、と。

寿太郎
それは教育的に正しい効果ですね。

スガ
ぼくたちもマラリアにかかったら「マラリアでもうダメだ!」とメールマガジンを出してこと切れることにしよう。

寿太郎
メールマガジンを出す余裕があるぐらいだから全然もうダメじゃないですねw でも笑いごとじゃないですよ。日本人旅行者で死んだ人とかいますからね。注意を怠らなければ大丈夫なんだけど、スガくんなんか圧倒的に怠りタイプだからね。気をつけてくださいね。

スガ
そうですね。また来週。

編集後記:退屈なしめくくり

Biotope Journalもとうとうユーラシア大陸の西の果て、スペインまでやって来ました。もうすこししたらアフリカ編もスタート…! なのですが、じつはモロッコにて問題発生でありまして。ベルリン滞在時に、いちどシャッターが切れなくなったことのあるぼくのカメラですが、どうもやっぱりおかしい様子。アフリカ横断前に一度修理に出しておこうかと、もしかしたら来週あたりは一度、イスタンブルまで戻るかもしれません。

というわけで旅程を練り直す前にやっぱり腹ごしらえ。イワシ入りのオムレツを食べてきます。
モロッコではフランス語もけっこう通用するようで、アデュー!

スガタカシ