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こんばんは。退屈ロケットのスガタカシです。今週は取材にくわえて、様々なハプニングを乗り越えながら、週末にタッチ。皆さまはいかがお過ごしでしょうか。

今週のBiotope Journalはポーランドの首都、ワルシャワのセラミックデザイナー、ヴィオラ。ワルシャワの街や、カフェ、レストランでは、食器やインテリアに繊細な工夫が凝らされていることが多いのに気がつきます。どこかあたたかく、懐かしさを感じる民族的なデザイン。でも話を聞いてみると、それらのデザインは昔から脈々と受け継がれてきたというよりも、近年になってその価値が見直された、新しい潮流だそう。個人的には日本でも、ポーランドの民族的なデザインが紹介されるのを何度か目にしていただけに、驚きました。

ところで以前から、何人かの方からリクエストをいただいていたことでもあり、個人的にも実現したかったのが部屋の間取り図を載せること。今週から、可能なときは間取り図つきでお届け! 今週も画像つきでどうぞ、お楽しみください!

Biotope Journal リポート #017|ヴィオラ

> Web "Biotope Journal" ヴィオラ編 ワルシャワ 伝統も自由にまとうデザイナー

ワルシャワは新しい街だ。正確に言うのなら、古い伝統を新しく建て直した街。

地理的にヨーロッパのど真ん中に位置するこの街は、古くから交通の要衝として重要だった。しかし第二次世界大戦によって、街じゅうの何もかもが戦火に巻かれ、その歴史をたたえる美しい街並みは見るかげもなくなってしまった。ところが人びとは戦後になって、それらを再建した。ただ建物を建て直すということではない。そっくりそのまま、戦前の状況を再現しようとしたのだ。その手がかりとなったのは、残されていた写真や、なによりもこの街を愛する人びとの記憶だった。「ワルシャワ歴史地区」*は1980年にユネスコによって世界遺産に登録されたが、これは単に古い町並みが評価されたものではないだろう。それらを愛する人びとの思い、記憶、それがこの街には刻まれているのだ。もちろん、新しい文化はどんどんと古い街並みを満たしていく。けれどもそれらは、ただどこかから流れ込んできたものというわけではなく、脈々と続く過去からの歴史の延長上に、きちんと位置しているのだ。

こうしたワルシャワのあり方を考えれば、現在ポーランドがその伝統的な陶器によってよく知られるようになったことはとても自然に思える。温故知新の考えかたは、もしかするとポーランドの特色と言えるのかもしれない。

今回尋ねたヴィオラも、古い伝統を新しいスタイルで表現している若い陶器デザイナーのひとり。彼女はワルシャワに、電気技師である恋人のパヴェウとともに小さな工房を構えている。ヴィオラが英語に自信がないとのことで通訳を買って出てくれた彼は、いかにも活動的なアート寄り理系青年、というテンションの高さを見せてくれる。多忙を極めるワーカホリックな日々の中でもどこかのんびりとした空気を漂わせるなヴィオラとは、いいカップルなのだろう。

ところで、招いてもらったその日はちょうど、ポーランドでは「脂の木曜日」*と呼ばれる日で、脂っこいお菓子などを食べる習慣があった。ふるまってくれたドーナツが乗っていた陶器の皿は、もちろん彼女の手になるものだ。

彼女の時間の流れかた

もともとヴィオラはワルシャワよりも西、ヴロツワフ近郊の出身。大学では建築やインテリア・デザインを学んだ。ワルシャワに出てきたのが、6年か7年ほど前。でもしばらくの間、彼女は他の陶器デザイナーのところで働いていた。そこでの日々は、いってみればトレーニング。様々なことを学び、そして彼女はそこを卒業して、自分の会社を作り、工房を構えた。自分のスタイルを追求するための場所だ。

今はまだ、この工房は始まったばかり。知り合いの店のために作品を出荷したり、インターネットで販売したり、そして人びとに陶器制作を教えるための教室も開いているから、彼女は目が回るほど忙しい。一週間に何日ここで働くのかと尋ねると、7日という答え。つまり、ほとんど休んでいる暇はないのだ。そんな中で貴重な時間を取材のために割いてくれた彼女は、インタビューの途中で突然スイッチが切れたかのように睡魔に襲われてしまう。とても申し訳ない気持ちになるけれど、気にしないで、と微笑んでくれる。
なにしろ、3部作(3冊)の小説*を2年前に読みはじめて、今読み終わったのが一冊と半分。ちょうど全体の半ばというところなのだ。彼女はそれほどまでに忙しい。でも驚かされるのは、放り出してしまわずに少しずつ読み進めているということだ。そうしたエピソードは、じっくりと時間をかけて陶器を作り上げる彼女の性質を物語っているのかもしれない。頑固で、マイペースで、どこかちょっぴりズレている。でもそのズレかたは、アーティストにとってはきっと、大切なことだ。

彼女が教えているのは

ヴィオラが、作品制作と同じぐらいに重きを置いている活動が、陶器制作を教えること。子どもたちにも教えるし、若い人たちや大人たちにも、とにかくあらゆる世代の人に、彼女は門を開いている。週に2回は自分の工房で教えているし、別の場所に出張して教えることもある。たとえば彼女はあるNGO*に参加していて、郊外の博物館*で子どもたちのための講座で教えたりもする。インタビューの2日前に、彼女はその現場にも招いてくれた。彼女が数人の仲間たちと催している、子どもたちのための創作の教室だ。この日集まっていた子どもたちは10人程度。小学校低学年ぐらいの子から、中学生ぐらいの子までいる。 「とにかく教えることが好きなの」という彼女はなにも、陶器のことについてのみを教えるわけではない。たとえばポーランドの伝統的な建築についてのこと、そしてそれを新しい文化にどのように応用するかということ。子どもたちは、古い建築様式のパーツが印刷された紙を切り抜いて、それを慣れ親しんだ近所の新しい街並みにぺたぺたと貼りつけていく。どんなふうにすれば、古いものを使って、新しいものをより素敵にすることができるのだろう。中には落ち着きのない子もいてはしゃぎまわったりもしているけれど、でもどの子も楽しそうに取り組んでいる。それを見守る彼女の眼差しはとても真剣で、そして温かい。

特に子どもたちが楽しんでいたのは、まっさらな白いTシャツに伝統的な模様をプリントしていく、というのもの。模様の形が切り抜かれた薄いプラスティック板をTシャツに乗せ、上から刷毛でそれを塗りつぶしていくのだ。そのほかにも、ゴム製の型に塗料を塗って、スタンプの要領でTシャツに押し付けるというやり方がある。手を鮮やかに汚しながら、子どもたちは思い思いの色とデザインを、Tシャツの上に描き出していく。
こうした彩色は、彼女がふだんから陶器制作で行っていることに通じる方法だ。でもべつに、子どもたちにそうした専門的なことを教え込もうというわけではない。いちばん大切なのは、伝統的なことがらの素晴らしさを再発見すること。そして、それを手の届く日常の中に据えてみるということ。それは驚くほど素敵なコンビネーションをもたらすのだということを、彼女は子どもたちに知ってほしい。

デザイナーたちのポーランド

ポーランドの現在の状況は、デザイナーたちにとって非常に恵まれたものなのだと彼女は言う。伝統をきちんと消化しながら新たな表現に向かっていく潮流が、とても活発になっている。少し意外に思って、より詳しく話を聞いてみると、どうやらその状況が変わり始めたのはつい6〜7年前のこと。もう21世紀になってからのことだ。それほど最近に、いったい何が起こったのだろうか?
ポーランドがEUに加盟したこと*がとても大きかったのだろうと、ヴィオラもパヴェウも口をそろえる。これにより、もちろん他の国々に出て行くことが容易になる。デザイナーたちはこぞってイタリアなどの国々に出かけていき、多くの刺激を受ける。それだけでなく、彼らはそれをきちんと母国へ持ち帰ってくるのだ。外国のスタイルを丸ごと持ち込むのではなく、改めて自分たちの伝統を見つめなおす。そこでのシンプルな「気づき」がとても大切だった。自分たちにも豊かな伝統があるし、環境も整えることができる。なんだ、自分たちにだってできるじゃないか、ということだ。自然、こうした創作を取り巻く空気は活発になり、状況は変化していく。なかでもヴィオラが強調する大きな変化は、数年前までは存在しなかったデザイン・フェスティバル*も催されるようになったこと。

ただ、大きな問題もある。ヴィオラが幼い頃は、学校などで伝統的なデザインをよく学ぶことができたのだけれど、今はそうしたカリキュラムが縮小されているのだ。その理由ははっきりしないけれど、あるいは財政上の理由なのかもしれないとのこと。だから、今の子どもたちにとって、伝統工芸に触れるような機会はとても貴重なものなのだ。ヴィオラの活動はそれを提供しているという意味で、とても重要だ。「そんなに大それたものじゃないです」と彼女は謙遜するけれど。

New version of tradition

ヴィオラがいつも意識しているのは、一言で言えば「新しい伝統のかたち」を生み出すということ。伝統にとらわれすぎて凝り固まるのではなく、独りよがりな新しさを求めるのでもない。ごく自然な形で、双方の良さを包み込んだ作品を創ること。言葉にすればシンプルだけれど、実践することはそうそうたやすいことではない。でも彼女は、そういうあり方のために努力するという風ではない。むしろ、彼女の心のままに創作へのアプローチをした結果が、そうした態度につながっているように見える。伝統を大切にすることと、伝統にとらわれることは似て非なることだ。彼女の作品には、好きだからという理由で唐突に犬の顔が出てきたり、爆弾を描いてアブナイ感じを演出してみたりということも、ごく普通に起こる。

彼女に好きな音楽や映画のジャンルを聞いても、これと決まった答えが返ってくるわけではない。どんなジャンルのどんな表現にも、実際に触れて試してみたいというのが彼女の姿勢だからだ。「私はいつもオープン」と彼女は言う。ハードコアを聴いた時期もあったし、J-Popを聴いた時期まである。彼女はいつでも、自分にインスピレーションを与えてくれる新しい何かを求めている。

青い皿に黒い模様が描かれた彼女の作品。模様自体は伝統的なスタイルを踏襲したものだけれど、その色づかいは(最近のポーランド陶器のトレンドではあるけれど)けっして伝統的なものというわけではない。青と黒という、それほど明るい色合いとはいえないそのコンビネーションは、けれども不思議な温もりをかもし出している。すべてを受けとめてくれるようなその色彩の温かさには、ヴィオラの人柄がきちんと反映されているのだ。

ヴィオラとパヴェウの工房はまだ始まったばかりで、経営に余裕があるとはいえない。創作のための設備に投資しなければいけないし、稼いだぶんが丸ごと出ていってしまうようなことはあたり前だ。そのうえ、いつでも忙しくて時間の余裕もない。でも、それら以外のすべてについて、彼女は自由だ。どんな音楽もアートも、自由に彼女に入り込んで、そして彼女は刺激を受ける。だから彼女のスタイルも、どんどん自由に発展していく。ポーランドを愛するふたりは外国へ出て行くつもりはないけれど、きっとその代わりに彼らの作品が、いつの日か世界じゅうに羽ばたいていくことだろう。

文・金沢寿太郎

今週の参照リスト

《Viola プロフィール》

名前 Viola
国籍 ポーランド
年齢 30
職業 セラミックデザイナー
在住地 ワルシャワ
出身地 BRZEG
ここは何年前からの部屋? 2年半前
月収 3000ズロチ(約9 万円)*
月の生活費 3000ズロチ(約9 万円)*
結婚、恋人 恋人・パヴェウ
好きな食べ物 ホットチョコレート
自由な時間の過ごし方 散歩。ワルシャワの古い建物を眺めて歩く
好きな映画/監督、音楽/ミュージシャン、小説/作家 スティーグ・ラーソン「ミレニアム」
Nine Inch Nails
その他 ベジタリアン
Webサイト InzynieriaDesignu(Facebook)
※月収、生活費ともパヴェウとの合算。生活費は工房運営費との合算。

《脚注》
◆ ワルシャワ歴史地区(写真上)
ワルシャワ最古の地区で、13世紀に建築された城壁の内部に、貴重な中世の建築物が多く建てられてきた。聖ヨハネ聖堂などが有名。しかし第二次世界大戦のポーランド侵攻において、ドイツ軍はこの場所を標的に攻撃を行い、その多くが失われた。後年の復元の結果は、世界遺産登録においうて大きく評価されている。

◆ 脂の木曜日
ポーランドのドーナツは「ポンチキ」と呼ばれ、ジャムやフルーツなどが中に入っている。カトリック教会における復活祭直前の四旬節の前に、この脂の木曜日があり、人びとはポンチキを大量に食べる。これは断食期間前にラードや鶏卵などの禁じられた食材を使い切ってしまうための習慣だが、今や断食を真面目に行う者は少なく、ひたすらポンチキを食べまくる習慣だけが都合よく残っている。

◆ ミレニアム
スティーグ・ラーソンによる、三部作の推理小説。「ドラゴン・タトゥーの女」「火と戯れる女」「眠れる女と狂卓の騎士」から成り、第一部は2009年にスウェーデンで映画化された。翌年日本でも公開。

◆ NGO
etnoprojekt(エスノプロジェクト)というのがその名前。様々な専門領域から志を同じくするデザイナーやアーティストが集まり、今回のように子どもたちに教えたり、デザイン・イベントを催すなどしている。今回の教室も、もちろん参加費は無料。

◆ Otowock
ワルシャワ中欧から近郊列車で40分ほどの場所にある静かな街。中世のおとぎ話に出てきそうな、見事な針葉樹林の森が広がっている。今回訪れた博物館は、その中にあった。

◆ EU
ポーランドのEU加盟は2004年。このときは同時に、チェコやハンガリーなど、旧東側の国々10ヶ国が加盟した。ポーランドは経済も順調であり、徐々に存在感を増し、2011年には議長国も務めている。

◆ デザイン・フェスティバル
ポーランド国内に存在しなかったこうしたイベントは、2008年にポーランド北部の海沿いの街・グディニャで初めて行われた。続いて中部の街・ウッチでも行われ、徐々に軌道に乗り始めている。

◆ カフェ"evergreen"(写真右・下)
今回ヴィオラを紹介してもらったのがワルシャワでポーランドのインテリア、食器を中心に販売しているカフェ "evergreen"。ここの店主・イザベラの協力がなければヴィオラに取材することはかなわなかったはず。事情を話すとすぐに電話をしてくれてぐっときました。コーヒーもおいしい。(スガ)
>Facebook

 

旅日記【ロケットの窓際】017 ベオグラードの靄々

 ソフィアを夜行バスが出たのは、夕暮れも近い時間。けれども、雪をたっぷりとため込んだ雲にすっかり覆われた冬空がオレンジ色に暮れることなどない。空はただただじわじわと、光を失っていくだけだ。やがて闇があたりを覆いつくす。車窓から外を眺めれば、わずかな灯りをあたり一面が鈍く照り返しているのがかろうじてわかる。雪はすっかり降り積もっているのだろう。


 国境を越えても景色はさほど変わらない。雲にも雪にも、そんな境界はもちろん無関係だ。ただ速度だけが徐々に緩まっていき、やがてバスは完全に停まってしまう。渋滞に巻き込まれたのだ。じりじりと少し進んでは停止し、それを幾度となく繰り返す。でも不思議と、苛立たしさはない。進もうが進むまいがいっこうに変わらない車窓の景色が、感覚を鈍らせているのだ。ベオグラードへの到着時間は少しずつ着実に遅れていっているというのに。

 ニシュという街でバスを乗り換える。でも渋滞のせいで、予定のバスは既に出てしまっている。次のバスを待つ間、中途半端に余った時間を持て余す。はらはらと舞い落ちる雪を眺めながら煙草を吸っていると、地元の人らしい青年が話しかけてくる。けれどもほぼまったく英語を解さないため、彼が何を言っているのかがわからない。僕の持っているチケットを見て、お前の乗るバスはあの8番と書いてあるプラットフォームにやってくるぞ、と教えてくれる。僕はまったくそれに同意する。なぜなら、僕のチケットには8番フォームと書いてあるのだから。

 そしてまた、彼はわけのわからない話をひとしきり続ける。煙草を吸うのがもう少し忙しい作業ならよかったのに、と僕が考えていると、彼が何やら必死に訴えていることに気付く。よくよく聞いてみると、どうやら彼はこう言っているようだった。「お前はあの8番からバスに乗るんだ、8番だぞ!」

 なるほど、英語が通じるとか通じない以前の話だったのだ。たとえ僕がセルビア語に通じていても、彼と会話を成り立たせるのは不可能だっただろう。でも厄介なのは、彼が必死に親切をしようとしてくれていることだった。邪険に扱ってしまうのも申し訳ない気がする。けれども、8番フォームからバスが出ることは、僕にとって既に地球が太陽の周りを公転しているのと同じぐらい自明な事実になってしまっていた。彼はすでに、5回もそのことを教えてくれている。もう少し別の、なにか有益な情報を教えてくれればいいのに。たとえば、バスに乗り込むときには右足と左足を交互に前に出して階段を上るんだぞ、とか。

 ベオグラードに着いたのは深夜のことだった。すでに日付は変わっている。バスは僕らを放り出すと、さっさと闇の中に消えてしまう。他の乗客たちも、一刻も早く暖を取るべく、足早にそれぞれの家なり目的地なりに向けて去っていく。後に残されたのは二人の旅行者と、二つの巨大な荷物だけだった。

 ともかく、こちらも一刻も早く宿に着かなければならない。徒歩圏にあるはずの宿は、けれども、途方もなく遠かった。雪はすっかりそこらじゅうに降り積もって、歩道という概念はほとんど消失してしまっている。ざくざくと雪に足を突っ込みながら、ふつうの3倍ほどの時間をかけて歩かなければならない。しかもこの付近には、むやみに坂が多いのだ。指先はかじかんで、曲がり角のたびに地図を開いて確認することさえ億劫になる。

 それだけに、たどり着いた宿のスタッフの態度は、およそ人類に可能な限界まで親切をきわめているかのように感じられた。宿や近所についての的確で有益な情報をいくつか手早く説明してくれたあとで、凍えた僕らのために、彼はウェルカム・ドリンクとして地酒のラキアを出してくれる。四十度ほどの蒸留酒をショット・グラスで飲み干すと、とたんに体の芯がほぐれていくかのようだ。

 その飲みっぷりを見て、今度は別の宿泊客がウォッカを勧めてくれる。このロシア人の中年コンビは、なんとウラジオストクからはるばるやってきたのだという。極東のご近所のよしみで、スパシーバ、ハラショーと会話を交わす。その後の滞在中、彼らとは何度も顔を合わせた。あるときには半袖でバルコニーに出て煙草を吸っているから、寒くはないのかと身振り手振りで尋ねたら、ウォッカを飲んでいるからハラショーだ、というようなことを言う。またあるときは、夜中というよりもはや早朝というような時間に、一緒にウォッカを飲まないかと誘ってくる。もちろん丁重にお断り差し上げるのだが、どうも彼らの人生はウォッカという大河の上を流れ続けているようだった。幸せそうでなによりだけれど、くれぐれも肝臓は大切に、と心の中でつぶやく。

 サヴァ川がドナウ川に、恐らくは流れ込んでいるだろう、というあたりは、とても濃い靄がかかってしまい、ほとんど何も見えない。高台の要塞からそこを眺めると、次の瞬間にも得体の知れない恐ろしい敵が襲ってくるかのような気分になり、まるで見張りの衛兵のように身が引き締まる思いがする。

 先のことなどまったく見えない旅も、始まってから四ヶ月が過ぎようとしている。迫るクリスマスに(セルビアでは年明け後がクリスマスなのだけど)街は喧しさを少しずつ増しつつある。間もなく今年の仕事もおしまいだ。目が回るほど忙しく動いていたというのに、何ひとつ物事が進んでいないような気にもなる。一年を振り返る気にもなれない。

 年越しはウィーンで過ごす予定だ。眼前の、美しくも青くもないドナウを眺めながら、はるか上流のドナウを思う。

〈続〉

文・金沢寿太郎

アフタートーク【ロケット逆噴射】017

スガ
やー、今週も日曜日の朝をベルリンで迎えることになりました。

寿太郎
忙しい一週間でしたね。全然晴れないし。

スガ
晴れないのは相変わらず。ここはワルシャワとは随分雰囲気違うし、ちょっと寒さマシな気もするけどね。

寿太郎
まあ、何もかもちょっとだけマシという感じかな。

スガ
何もかもちょっとだけマシw

寿太郎
煙草はマシじゃない。高い。円が安くなってるから、今ひと箱600円超えてますね。地獄だ

スガ
寿太郎くんは今朝も地獄。安定感あるねぇw
忙しいといえば、取材もだったけどカメラの故障が不穏な感じで。

寿太郎
必ずそういうのは、Facebookの写真撮ってるときに起こるんですよね。俺が撮影位置でボケッと立ってると、スガくんが「あれ? あれ?」となる

スガ
記念撮影してたらカメラの様子がおかしくて、シャッターが切れなくなった。あ、そうか。そういえば前にもそういうことあったね。
日本のメーカーとあれこれやり取りしてこっちでも通用する国際保証書送ってもらったりしたんだけど、ハンブルクの窓口行ったら、修理に出す間際に治ってしまったという…。窓口のおばちゃんには苦笑いするしかなかったね。

寿太郎
よくある話ですね。マーフィーの法則的にも、スガ的にも。まったく無為なハンブルク行だったわけだ。

スガ
たしかにぼく的にはありそうな話なんだけど、でも今回はふつうに故障気味っぽいから再発しなきゃいいんだけど。ところでマーフィーの法則てなんでしたっけ。

寿太郎
マーフィーの法則というのは、なんかありがちな(印象を受ける)法則のことで。たとえばバターを塗ったパンを誤って床に落としたら必ずバターの面が下になるとか。精密機械をいじってるときに誤って小さなネジを落としたら必ず一度足に当たってから跳ね返って机の下にもぐりこむとか。
だから、そのマーフィーの法則と、猫は高所から落とされても必ず足から着地するという習性を利用して、猫の背中にバターを塗ったパンをバターの面を上にしてくくりつけて上から落とせば、猫は永遠に地面に到達しないで宙に浮かぶという冗談がありますね、ほんとうにどうでもいい余談ですが。

スガ
なるほど自虐的悲観論。寿太郎くんを前に立たせて記念撮影の準備をしていると、カメラは壊れ、そして修理に出す前に治る、と。

寿太郎
きっと俺のせいですね。カメラに嫌われてるんですねきっと。

スガ
寿太郎くんはいつも斜め下のネガティブ加減、今でもときどきおどろきますw でもまぁ、実際のところは修理に出す間際に直ってくれて助かったんだけどね。修理したら最低2週間というし、他の国には送れないというし、ヨーロッパ滞在期限は迫っているし。

寿太郎
しかし動かなくなってた理由が不明ならいきなり直った理由も不明だから、なんだかすっきりしないものがありますね。アフリカあたりで再発しないといいのだけど。

スガ
そう、いつぶり返すかわからないあたりが不穏で。ただ確認してみたらアフリカは意外と修理窓口ある一方で、南米がコスタリカだけみたいでね。

寿太郎
なぜコスタリカなのか。ブラジル、アルゼンチン、どうしたんだ。

スガ
そう、全然ないんだよ。よくわからないけど。

寿太郎
たぶん、割と簡単に北米に郵送できるからなのかもしれないっすね。

スガ
そうなのかねぇ。まぁカメラがへそ曲げないように、ご機嫌伺いながら行くしかないと思ってますよ。ちょっと今回、装備が無事であることのありがたみが身にしみた、というか。

寿太郎
同時に三脚も壊れましたからね。まあ、そんなこともありバタバタした一週間でしたと。

スガ
あ、そうだ三脚も壊れたんだった。同時多発ガタ。

寿太郎
だいたい、ヴィオラの記事はかつてないほど「撮って出し」だからね。取材がつい先週。インタビューから帰った瞬間に記事まとめたのなんて初めてでした。

スガ
そうそう。
今ぼくたちがいるのがベルリンで、今週のヴィオラは先週いたワルシャワ。かつてないほど迫っている。
ただヴィオラの取材は、個人的にけっこう思い入れがあって。
彼女は忙しい人だし、メールの行き違いがあったり、家がわからなくてウロウロしたり、会えるまでにだいぶ苦労したけど。でもワルシャワでやりたいとぼんやりイメージしていた取材を、期待以上のかたちでさせてもらえたと思っているよ。ワークショップ見せてもらえたのもとてもおもしろかったし。

寿太郎
そうですね。そもそも、ものを作る系のひとの仕事場を見せてもらったのは初めてだったかも。ずいぶん協力的にいろんなものを見せてくれて、ほんとうに彼女は親切だった。あと恋人のパヴェウも。なんか妙なハイテンションだったけど

スガ
ものを作る人を取り上げるというのは、じつは Biotope Journal を考えた時に最初にイメージしてたことだったんだけど、やっとどうにかここに辿りつけた、というかんじ。
それでヴィオラだけど。彼女は親切というのもあるけど、インタビューでも言っていたように、なんというかナチュラルにオープンな人なんだよね、たぶん。未知のものとか知らないものが自分のなかに入ってくる体験をいつも求めている、というか。

寿太郎
話のなかで自分はオープンだ、ということを聞かせてもらうまでもなく、もう最初から我々に対する姿勢でオープンさを見せてくれてましたね。

スガ
うんそう、部屋の中どこでも撮っていいよ、という感じで。

寿太郎
実は俺は彼女の作風がけっこう好みで、彼女の作品、ふつうに欲しいです。今が日本に帰る直前なら買ってるとこ。だからお土産に陶器の小さなコースターくれたのは、嬉しかったなあ

スガ
うん彼女の作品はナチュラルであたたかいスタイリッシュさというか、いいよね。
ちょっと今ヴィオラたちのサイトとか紹介してくれたカフェのサイトとか確認してみたんだけど、海外への発送はやってるかちょっとわからないや。
ちょっとあとで確認してみて、もし彼女たちが海外発送していなくて、問い合わせが多かったら仲介販売でもしましょうかw

寿太郎
まったく何の業者なのかわからなくなってきましたが。まあ、でも余裕があればほんとうにやりたいぐらいいい品々ですよ。

スガ
というわけでお問い合わせ、お待ちしております。

では次に、今週のおたよりコーナー。
埼玉県在住、浦和大好きさんからエアメールをいただきました。ありがとうございます。
「旅行に行こうと思っても、行ってみたい場所が多すぎて困っています。退屈ロケットの行き先はどのように決めているのですか」

寿太郎
浦和が好きなんですか。レッズファンなんですかね。で、行き先と。
基本的には、一般的な西回り世界一周ルートを踏襲しています。特殊な点としては中央アジアを通ったこと、あとヨーロッパをやや細かく回っていることぐらいかな。

スガ
ほー。「一般的な西まわり世界一周ルート」というのはなんでしょうか。

寿太郎
西回りで世界一周しようとする貧乏旅行者の多くが通るルートのことです。何を説明しろというのか。

スガ
いや、ぼくは何が一般的なルートなのか全然知らないから。そういうルートはどこを見ればよいのですか。

寿太郎
世界一周みたいなことをしているブログなりサイトなりをググってみれば、だいたい似たようなコースなのがわかると思います。アジアを西進してトルコへ、そこを起点にヨーロッパに入ったり中東に入り、アフリカに行く人はエジプトを南進、タンザニアから西へ行って、ナミビアから南に行って南アフリカ。そのあと南北アメリカ、という感じです。
ただ、アジアを西へ行くときに多くの人は東南アジアやインドを通るのですが、僕らは中央アジアに行きたかったのでそれらは後回しということにしました。

スガ
なるほど。みんな似たようなルートになるのはなんでなんだろう。結局みんな情報が多いところを通るということ?

寿太郎
交通インフラとか効率的に、やはりこのルートがいちばん良いということで収束していくんでしょうね。ネット上で情報も多いし、そういう意味でお手軽に旅行できるということかもしれない。
ま、みんながそういう風に同じようになっていくと、つまらないですけどね。
よく、一度会った旅人にまた偶然再会して「これは旅人の運命!」とか言ってるブログなりがあるけれど、そんなもん同じような情報を参考に同じようなルート辿って同じような宿泊まってるわけだから、運命でもなんでもないですねw ま、再会はうれしいものだけど。

スガ
あぁ、それはよく言ってるねw
でもさ実際のところ、どこかに行ってみたいという気持ちって、何かしらの情報なりイメージなりから出発するからね。なにも知らない状態で行きたいと思うことはない。
だから情報が多いところに人が集まるというのは、当然といえば当然で、情報がないところにはみんな行ってみたいとも思わないわけだ。なんという格差世界だろう。

寿太郎
情報がないところにこそ行ってみたい、という種の人も世の中にはいますよ。そういう人が徐々に開拓して、情報を広げていくんだと思いますね。旅というのは本来そういう点が醍醐味だと僕なんかは思います
ま、もちろん最低限の基本情報はないと危ないから、そういうのは集めて行くべきだけど。
ひと昔前は、色々な宿にある「情報ノート」というのが重要だったんですよ。それを求めて、みんな同じ宿に集まるわけ。バックパッカーどうしの互助的な草の根システムで、近隣の見どころだとか交通機関の情報だとかビザ情報だとかレストランだとか、そういう情報をみんなが宿のノートに書き付けていくんですよ。で、後から来た人が参考にしたり、更新したりする。
インターネットがないとそういう生の情報は集めようがないから、それのある宿は重宝していた。でも今は、インターネットでいくらでも情報が集まりますよね。だからこそ皆、他の人の経験にとらわれず新しい場所を開拓していけるといいのだけど、むしろインターネットの情報を忠実になぞるみたいになって、なんだか逆に不自由に、保守化していっている人が多い印象。

スガ
インターネットは情報の多寡を可視化してしまうからね。
「旅の醍醐味」としてはきみの言ってることはよくわかるけど。でもけっきょく、僕たちも含めて多くの人が情報の多い方に流れていってしまうというのは、面白いなぁ。

寿太郎
ただそうはいっても、僕らの場合はインタビューなりやることが多くて、旅そのもので冒険してる余裕がないから、わりとスタンダードなルートになってると。ちょっとそのへんは残念です。正直面白みに欠ける。

スガ
冒険ね。がんばって余裕つくって冒険しましょうか。

寿太郎
そうですね。また来週。

編集後記:退屈なしめくくり

今週のアフタートークではエアメールをご紹介しましたが、いかがでしたか。皆さまからのおたよりも、ひきつづきお待ちしております。

さて、1週間滞在したベルリンもこれからお別れ。これからベルリンから南東のライプツィヒへと向かいます。前回触れたインドカレー屋には通算5回ほど通って、すっかり顔を覚えられてしまいました。

ドイツにはいってから、さよならの挨拶で「トゥース!」と声をかけあうのをよく耳にするようになりました。ちょっと体育会っぽい…と思っていたらカスガという芸人の持ちネタなんですか。トゥース!

スガタカシ